追い詰められたメディアの顔
2024年11月6日未明、トランプの当選確実が報じられた。
CNNのスタジオが静まり返った映像を覚えている人は多いだろうか。
キャスターたちは言葉を選びながら、しかし隠しきれない困惑の表情で数字を読み上げた。あれは「速報を伝えるジャーナリスト」の顔ではなかった。自分たちが4年かけて積み上げたナラティブが、有権者によって否定された瞬間の顔だった。
公正な報道をしているジャーナリストが困る理由はない。そもそも公正な報道などないが🤭
メディアの困惑は感情の問題ではない。構造の問題だ。
プロパガンダ装置が前提としていた政治エリートの合意が崩れ始めたのは、実はトランプ再選の一年以上前、2023年初頭のことだった。今回はその亀裂がどこから入り、メディアがどう対応したかを解剖する。
プロパガンダの構造図
スタッキング
BBased on:Hyzen & Van den Bulck (2024) / Herman & Chomsky (1988) / McCombs & Shaw (1972) / Entman (1993) / IPA (1937)
前回は上位の手法を見た。今回は下位に降りる。「カード・スタッキング」、「悪魔化」、「バンドワゴン」だ。何を見せ・何を隠すか、敵をどう描くか、疑問の芽を摘む同調圧力。この三つの手法は、合意が崩れ始めた時に最も激しく作動する。
亀裂の始まり:共和党が多数派を奪った日
2022年11月の中間選挙で共和党が下院の多数派を奪取した。これはJ6報道の構造にとって決定的な変化だった。
前回見たように、メディアは政治エリートの合意の範囲内でしか報道しない。J6委員会が「独立した真相究明の場」として機能できたのは、民主党が議会を支配していたからだ。その前提が崩れた。
2023年から2024年3月にかけて、共和党のラウダーミルク下院議員を委員長とする小委員会が、J6委員会そのものの調査を開始した。その初期報告書が指摘した内容は三点だ。
J6委員会が、 証人の証言記録を削除・隠蔽したこと。 証拠映像の一部を恣意的に編集したこと。 ハリウッドのプロデューサーを演出に起用して公聴会を「見せ物」として設計したこと。
この報告書をめぐる三媒体の報道を並べると、カード・スタッキングの構造が鮮明に浮かぶ。
CNNは報告書の存在は報じた。
しかし記事の重心は民主党の反論にあった。ラスキン下院議員の「欺瞞的だ」という声明が中心に置かれ、報告書の具体的な指摘内容は後景に退いた。「共和党が主張している」という枠組みで処理することで、報告書の内容そのものを検証する必要を回避した。
ちょっと待て。
証言記録の削除は事実として記録に残っている。
演出プロデューサーの起用も確認された事実だ。「党派的だ」という批判は、事実の中身への反論ではない。事実を報じたくない時に使う、最も便利な棄却の言葉だ。
APの報道はより中立的なトーンをとったが、構造は似ていた。
事実を並べつつ、民主党側の反論を必ず対に置く。結果として読者は「両者が言い争っている」という印象を受け、報告書の具体的な指摘が何であったかは霞む。
フォックス・ニュースは違った。
報告書の指摘内容を正面から取り上げ、証拠削除と演出介入の詳細を具体的に報じた。「ようやく出てきた事実」という論調で、J6委員会の正当性そのものを問い直す枠組みを提示した。
報じないことと、報じ方で見えなくすること。この二つは違うようで、効果は同じだ。何を強調し、何を後景に退かせるか。カード・スタッキングは嘘をつかない。選び、見せるだけだ。
トランプ再選:悪魔化の総動員
2024年11月のトランプ再選は、この構造を一気に可視化させた。
選挙戦の最終局面、リベラルメディアは「民主主義の終わり」「ファシズムへの一歩」という言語を躊躇なく使った。CNNのアンカーは「これは普通の選挙ではない」と繰り返し、ニューヨーク・タイムズは「米国史上最大の脅威」という表現を紙面に載せた。これは報道ではない。悪魔化プロパガンダの完成形だ。
悪魔化の手法は単純だ。
対象を「通常の政治的対立相手」ではなく「世界への脅威」として描く。そうすることで、悪魔への批判や反論は「民主主義の擁護」として正当化され、支持や同情は「危険な同調」として排除される。この枠組みが機能している間は、いかなる反論にも『陰謀論』のシールが貼られ、議論の外へ追い出せる。
しかし、多くの有権者は騙されなかった。
トランプは2020年の得票を上回り、激戦州を次々と制した。ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、いずれもリベラルメディアが「民主主義の砦」と位置づけてきた州だ。「ファシズムへの一歩」を踏み出したのは、その州の有権者たちだったことになる。
トランプを支持した有権者の7400万人超は、この枠組みの中でどう描かれたか。「騙された人々」「過激主義者」「民主主義の敵」。メディアは4年間、この層を説得しようとはしなかった。ただ病理として分類し続けた。説得を諦めた時点で、その報道機関はプロパガンダ装置だと露呈する。
CNNの選挙夜のスタジオに戻ろう。
あの静けさの正体はこれだ。4年間かけて「あり得ない結果」として処理してきた現実が、開票速報という形で画面に現れた。対処するための言語を、彼らは持っていなかった。悪魔化は、現実を説明する道具ではない。現実を見ないための道具だ。
「民主主義を守れ」というバンドワゴン
再選後の報道でもう一つ注目すべき手法がある。バンドワゴンだ。
「専門家たちは警告している」「元高官たちが懸念を示している」「同盟国がショックを受けている」。これらの表現が選挙後の報道に溢れた。個々の事実ではなく、「多くの人がそう思っている」という同調の演出が、反トランプのナラティブを支えた。
名前を検証してみると、見えてきた。
警告を発した「専門家」の多くは、オバマ政権やクリントン政権の元高官、あるいはワシントンDCのシンクタンクに所属する人物だった。「ショックを受けた同盟国」として報じられたのは、主にEU加盟国の政府関係者と英国のメディアだ。つまりバンドワゴンを構成していたのは、同じ政治的立場を共有するエコーチェンバーの住人たちだった。
より根本的な矛盾がある。
「民主主義を守れ」と叫びながら、民主主義の手続きである選挙の結果を「脅威」と呼ぶ。有権者の選択を「民主主義への攻撃」と描写する。この倒錯を、リベラルメディアは4年間ついに自覚しなかった。あるいは自覚していながら、無視し続けた。
バンドワゴンが機能するのは、その波に乗ることへの社会的圧力が働く間だ。しかし選挙結果はその圧力の外にある。投票所の扉の向こうで、有権者は誰の目も気にしない。「民主主義を守れ」という大合唱が7400万票を動かせなかった理由は、そこにある。
バンドワゴンは、乗っている人間の数を大きく見せることができる。しかし乗っていない人間を引き戻す力はない。
フォックス・ニュースの「勝利報道」と新たな構造
一方、フォックス・ニュースはトランプ勝利を「歴史的カムバック」と報じた。リベラルメディアが「J6が最後の一線だったはずだ」と嘆く様子を、やや冷ややかに伝えた。
ここで注意が必要だ。
フォックス・ニュースの報道が「正しい」と言いたいわけではない。
プロパガンダの手法は、特定のイデオロギーの専売特許ではない。保守メディアもまた、カード・スタッキングと悪魔化を使う。ただし今この局面では、権力構造が逆転した。何を強調し、何を後景に退かせるかの選択権が、別の側に移りつつあった。
その「逆転」が何をもたらすのか。
次回、ラウダーミルク第2次報告書とトランプ就任の局面を論考する。
参考文献
CNN (2024/03/11) House GOP alleges January 6 committee withheld witness transcripts, hid evidence
共和党ラウダーミルク小委員会の初期報告書を報じた記事。J6委員会が証言記録を削除・隠蔽したとの指摘を伝えつつ、民主党側の「欺瞞的だ」という反論を中心に据えた構成。報告書の内容より対立の構図を前面に出したカード・スタッキングの典型例。
Fox News (2024/03/12) House GOP report alleges Jan 6 committee ‘deleted records,’ hid evidence
同じラウダーミルク報告書をCNNとは対照的に正面から支持した記事。証拠削除とハリウッドプロデューサーによる演出介入の詳細を具体的に報じ、「ようやく出てきた事実」という枠組みでJ6委員会の正当性そのものを問い直した。同一の事実が媒体によって全く異なる現実として提示される過程を示す。

CNN (2024/12/19) After investigating January 6, House GOP sides with Trump and goes after Liz Cheney
トランプ再選後、共和党がJ6委員会への逆調査を加速させた動きを「報復政治の始まり」と位置づけた記事。悪魔化の手法を通じてGOPの調査を「民主主義への脅威」として描き、リベラルメディアがトランプ再選後も同一の枠組みを維持しようとした典型例。

AP (2024/11/05) Trump’s decisive victory in a deeply divided nation
トランプの勝利を「深く分断された国家での決定的勝利」と報じた記事。J6事件をトランプ責任論の背景として維持しつつ、再選が「報復」の可能性を伴うという警戒感をにじませた内容。事実を中立的に並べながら解釈枠はJ6ナラティブに沿った構成。
Fox News (2024/11/06) Depressed media react to Trump victory: How could this possibly have happened?
トランプ勝利に対するリベラルメディアの困惑と失望を報じた記事。「J6が最後の一線だった」という予測が外れた点を冷ややかに強調し、トランプ再選をメディアのナラティブ失敗の証左として位置づけた。保守側の視点から報道分断の構造を可視化する。

Herman, E.S. & Chomsky, N. (1988) Manufacturing Consent: The Political Economy of the Mass Media
強制や検閲なしにマスメディアが権力者の利益に沿った報道を生み出す構造を解明した古典的著作。広告依存・メディア所有の集中・政府情報源への依存という三つの構造的要因が、いかにして「同意の製造」を可能にするかを体系的に論じる。本連載の理論的基盤。
Hyzen, A. & Van den Bulck, H. (2024) “Putin’s War of Choice”: U.S. Propaganda and the Russia–Ukraine Invasion, Journalism and Media, MDPI, Vol.5(1)
アジェンダ設定・フレーミング・悪魔化・前提の支配を中心に、ウクライナ侵攻報道における米国プロパガンダの作動を実証した学術論文。本連載の分析枠組みの主要出典。
https://www.mdpi.com/2673-5172/5/1/16
McCombs, M. E. & Shaw, D. L. (1972) “The Agenda-Setting Function of Mass Media,” Public Opinion Quarterly
アジェンダ設定理論の原論文。メディアが受け手に「何を考えるか」ではなく「何について考えるか」を決定する力を持つことを実証した。アジェンダ設定の理論的出典。
https://fbaum.unc.edu/teaching/articles/POQ-1972-McCOMBS-176-87.pdf
Entman, R. M. (1993) “Framing: Toward Clarification of a Fractured Paradigm,” Journal of Communication
フレーミング理論の定義的論文。フレームが「問題の定義・原因の特定・道徳的評価・解決策の提示」という四機能を通じて意味を構築するプロセスを解明した。フレーミングの理論的出典。
https://fbaum.unc.edu/teaching/articles/J-Communication-1993-Entman.pdf
Lee, A. M. & Lee, E. B. (1939) The Fine Art of Propaganda: A Study of Father Coughlin’s Speeches, Harcourt, Brace and Company
Institute for Propaganda Analysis(IPA、1937–1942)の7つのプロパガンダ手法を体系的に解説した著作。カード・スタッキング・悪魔化・バンドワゴンの理論的出典。



