アメリカン・システムが、台湾の経済発展モデルでもあることをご存知か?
そこには、孫文という男の功績がある。
孫文を、革命家として記憶している人は多いが、経済学者として知っている人は少ない。しかし台湾の発展を設計した思想の源流をたどれば、必ずこの男に行き当たる。
孫文という回路
孫文は、アメリカン・システムの経済学者だった。
1879年、13歳の孫文はハワイへ渡る。オアフ・チャリティ・スクールで学んだ彼は、そこでサミュエル・デイモン牧師らアメリカン・システム支持者たちと出会い、ハミルトンの『製造業に関する報告書』やリンカーンの思想を吸収した。英国支配下の香港で育ち、植民地的な搾取構造をすでに肌で知っていた孫文にとって、保護主義と国家主導の工業化を説くアメリカン・システムは、単なる経済理論ではなかった。それは、従属からの脱出の設計図だった。
孫文が英国の自由貿易モデルを明確に拒絶したのは、その認識があったからだ。彼はそれを、発展途上国を原料供給地に封じ込め、工業化の梯子を意図的に外すための帝国主義的道具と見なした。ハー・ジュン・チャンが後に「梯子を蹴り落とす戦略」と呼ぶ構図を、孫文はすでに19世紀末に直感していた。
この批判は、彼の政治思想の核心である三民主義にも貫かれている。民族・権利・民生の三本柱のうち、民生主義において孫文は保護関税を「外国経済侵略に対する堡塁」と明言した。英国式自由貿易が発展途上国を原料供給地化し、工業化を阻害する危険を、彼は同時代の誰よりも鋭く言語化していた。
孫文が直接政権を担った期間は短かった。しかしその思想は台湾へ渡り、現実の経済政策として根づくことになる。
三民主義が経済政策になった島
1949年、国共内戦に敗れた国民党政権は台湾に撤退した。
持ち込んだのは軍隊だけではない。孫文の三民主義という思想的遺産も、そのまま海を渡った。
台湾における最初の実践は土地改革だった。1950年代、米国の共同農村復興委員会の支援を受けながら実施されたこの改革は、農村の生産力を解放し、余剰労働力を工業へとシフトさせた。農民が土地を持ち、稼いだ収入で工業製品を買う。その内需が製造業を育て、輸出の足場を作る。
生産力の向上を国家目標の中心に置くアメリカン・システムの論理が、ここに直接つながっている。
1960年代以降、台湾は輸入代替工業化から輸出指向工業化へと舵を切った。ただし保護主義の骨格は維持した。関税と非関税障壁で国内市場を守りながら、輸出企業には優遇信用を供与する。国有銀行と開発金融機関が長期低利融資を優先セクターに集中させ、重化学工業の基盤を一気に積み上げた。
転換点となったのが、蒋経国が主導した1970年代の「十大建設」だ。中山高速道路、台中港・高雄港の拡張、桃園国際空港、鉄鋼・造船・石化工場、原子力発電所。これらを国家予算と指向性信用で一括推進したこのプロジェクトは、典型的なアメリカン・システム型インフラ投資だった。国家が産業の骨格を作り、民間がその上に乗る。明治日本の官営模範工場払い下げと同じ設計思想だ。
1960年代から1990年代にかけて年平均9%超の経済成長を記録し、貧困をほぼ根絶した。「アジア四小龍」の一角として、台湾は小さな島が世界的な工業国となり得ることを証明してみせた。
半導体立国という到達点
1980年代に入ると、台湾の産業政策はさらに精緻化される。
1980年に設立された新竹科学工業園区がその象徴だ。工業技術研究院を中核に、半導体・電子産業を国家戦略として育成。技術移転・信用支援・研究機関の集積という組み合わせが、一つの企業を生み出した。1987年、半導体のファブレスから製造を受託するファウンドリ専業という新しい業態を世界で初めて実現したTSMCだ。フリードリヒ・リストが説いた「育成産業保護」論を、台湾は半導体産業で現代的に実践してみせた。
TSMCは単なる企業の成功ではなかった。
設計と製造の分業という新しい産業構造を世界に定着させ、AppleからNVIDIA、AMDまであらゆる半導体設計企業の生産基盤となった。2020年代に入ると、台湾はファウンドリ市場の約7割、先端半導体の生産能力の6割超を担うに至り、文字通り「世界の半導体工場」となった。スマートフォンが届かなくなり、自動車の生産ラインが止まり、AIの進化がストップする。台湾海峡に何かあれば、そういう世界が現実になる。
この集中が、新たな地政学的緊張を生んだ。2020年代に入り、米国・日本・欧州が相次いでTSMCを自国に誘致した。米国のCHIPS法はアリゾナへの650億ドル投資を引き出し、日本は熊本工場への1兆円超の補助金を拠出した。ドイツも100億ユーロ超の誘致に動いた。TSMCは電力・水・人材というリソースの限界も抱えながら、世界各地で工場建設を迫られている。台湾島内に集中してきた生産は、緩やかに分散へと向かっている。
アメリカン・システムの成功が、皮肉にも台湾を地政学的な「チョークポイント」に変えた。
シティ・オブ・ロンドンの影
台湾が成長を続ける中、シティ・オブ・ロンドンはその果実を取り込む準備を着々と進めていた。
HSBCは1885年に台湾へ代理店を置き、1984年に台北支店を開設した。シティ・オブ・ロンドンにルーツを持つこの銀行が本格的に動いたのは2008年だ。台湾政府がNT$47.49億を負担してHSBCに不良銀行を引き受けさせる形で、中華銀行の買収が成立し、支店数は8から47へと一気に拡大した。
仕組みはこうだ。国家主導で育てた産業が輸出競争力を持つようになると、外資銀行がその決済・融資・資産運用に入り込む。やがて金融自由化と市場開放の圧力がかかり、国内の指向性信用は薄まり、投機的な資本の流れが混入していく。企業が稼いだ利益は株主還元を通じて海外へ流れ、国内への再投資より外国投資家への配当が優先される構造が定着する。国が育てた産業の果実が、気づけば外に吸い出されている。
ハー・ジュン・チャンが「梯子を蹴り落とす」と呼んだ戦略の現代版はこういうものだ。
静かな撤退
トランプ第2次政権になって、新しい動きが加わった。米国によるTSMC誘致だ。
CHIPS法による巨額補助金でアリゾナに先端半導体工場を建設する。アメリカン・システムの本家が、自国の産業基盤を取り戻そうとする動きであり、台湾企業にとっても生産規模と市場を拡大する機会となっている。
台湾が達成した成果は、アメリカン・システムという設計図の有効性を証明している。小さな島が国家の意志で世界最大の半導体供給者となった事実は、どんな経済理論よりも雄弁だ。
一方、シティ・オブ・ロンドン系の運用会社がひそかに台湾エクスポージャーを削減し始めている。アメリカン・システムの本家が台湾の産業基盤を取り込もうとする動きと、入れ替わるように。
次回は中国大陸を見ていく。
参考文献
Schiller Institute Archive Sun Yat-sen: In Defense of Nationalism, the Republic, and the American System of Political Economy
孫文がハミルトン・ケアリー・リンカーンの思想を吸収し、英国自由貿易を帝国主義的搾取の道具として批判した経緯を詳述。ハワイ留学時代の思想形成の背景を裏付ける。
JHI Blog (2023/08/21) The Neomercantilists: An Interview with Eric Helleiner
孫文をケアリー・リストと並ぶ新重商主義の重要人物として学術的に位置づける。東アジア新重商主義の内生的起源、および英国金融資本による自由貿易圧力の構造的分析を含む。
FPIF / Ha-Joon Chang (2003/12/30) Kicking Away the Ladder: The “Real” History of Free Trade
英国が保護主義で工業化を達成した後に他国へ自由貿易を押しつけた構造を実証的に分析。台湾・韓国・日本の戦後産業政策を同一の文脈で位置づける。

USTR (2026/01/20) From Hamilton to Today: Trade and U.S. Economic Strategy
台湾の半導体産業クラスターがハミルトン型発展モデルの実践例であることを明示。トランプ政権の対台湾政策およびCHIPS法の文脈を含む。
Chris Miller Chip War: The Fight for the World’s Most Critical Technology(Simon & Schuster、2022年)
半導体産業の歴史を軸に、TSMCの台頭による台湾の「世界の半導体工場」化を詳細に分析。米中チップ戦争の核心に台湾が置かれた経緯を2020年代初頭まで追う。
https://www.simonandschuster.com/books/Chip-War/Chris-Miller/9781982172015
佐藤幸人(アジア経済研究所、2024/04)
世界の半導体工場となった台湾と地政学リスク:集中から緩やかな分散へ 先端半導体ファウンドリの世界シェアと台湾海峡リスクによる供給途絶の影響を実証的に分析。米国・日本・ドイツへの生産分散の動きを論じる。

JETRO (2024/05)
半導体産業の直面する「台湾リスク」、投資分散の動きも TSMCの米国アリゾナ・日本熊本への投資をデータで示し、米中技術覇権争いを背景としたサプライチェーン再編を分析。CHIPS法ガードレール条項の影響も詳述。

Eurasia Group (2020/09) The Geopolitics of Semiconductors
TSMCと台湾への先端半導体製造集中が地政学的結果をもたらしつつある状況を2020年時点で分析。米中「赤・青サプライチェーン」分断の先駆け的予測として位置づける。
https://www.eurasiagroup.net/files/upload/Geopolitics-Semiconductors.pdf
Wikipedia (updated 2026) HSBC Bank (Taiwan)
1885年代理店設置、1984年台北支店開設、2008年中華銀行買収により支店網を8から47に拡大した経緯を詳細に記録。
South China Morning Post (2007/12/15) HSBC acquires troubled Chinese Bank in Taiwan
台湾政府の預金保険公社がNT$47.49億を負担してHSBCに中華銀行を引き受けさせた事実を報じる。英国系金融資本が台湾の金融再編に乗じた経緯を明確化。
GuruFocus (2025/02/15) City of London Investment Management Co Ltd Reduces Stake in Taiwan Fund Inc
シティ・オブ・ロンドンに拠点を置く運用会社が2024年12月末にTaiwan Fund株を147,623株削減した事実を13F報告書に基づき報告。英国系金融資本による台湾エクスポージャー調整の具体的事例。




