【連載5】ディープステートへの反攻
「ディープステートをぶっ壊す」とは、なんと痛快なスローガンだろう。
問題は、その続きだ。誰がそれをやるのか。誰の利益のためにやるのか。
2025年、ドナルド・トランプが再びホワイトハウスに戻った。無数の赤い帽子が風に翻り、群衆が沸いた。だが、歴史は単純な英雄譚を許さない。覇権の終わりは、救世主の登場では終わらない。
トランプ再登場:大粛清の嵐
プロジェクト2025の青写真を手に、予算局長にラッセル・ヴォートを据えた。
プロジェクト2025とは、トランプ政権復帰に備えて保守系シンクタンクが作成した政府改造計画書だ。連邦政府の大幅な縮小、行政機関の政治的掌握、そして宗教的価値観の政策への組み込みを柱とする。キリスト教ナショナリズムの影響が色濃く、中絶規制の強化、性的少数者への政策的制約、公教育への宗教的価値観の導入など、伝統的な家族観と道徳規範を国家が主導する方向へと舵を切った。
公務員の再分類を命じ、数万人のキャリア官僚を政治任命職に転換した。「忠誠心のない者はクビ」。大粛清の嵐が吹き荒れ、官庁は静まり返った。DEIプログラムは廃止され、連邦機関から数千人が去った。
不法移民の流入は記録的に減少し、国境の壁は再び高くなった。ICEの摘発が全米に広がり、長年居住してきた移民が次々と拘束された。
ガザでは不安定ながら停戦の糸口が生まれ、FBIとCIAには監視の目が向けられた。オバマ政権時代のロシアゲート工作が次々と暴露され、FBI幹部の虚偽陳述が記録に残った。
しかし、味方への汚職捜査は静かに停止した。「敵だけがディープステートだ」と言い張った。ワシントンの官僚たちは、その派手な大掃除を冷ややかに眺めながら、味方への甘さを見ていた。忠誠がすべてを決める世界で、行政はさらに政治の道具となった。
ディープステートを壊すと言いながら、別のディープステートを作っているだけではないか―そう感じた者は、口を閉じた。
プーチン:制裁を跳ね返す男
モスクワでは、ウラジーミル・プーチンが西側の制裁を跳ね返し続けた。
2022年のウクライナ侵攻以降、G7は前例のない制裁を積み上げた。
ロシアの外貨準備3000億ドルを凍結し、国際決済網SWIFTから排除し、エネルギー輸入を段階的に禁じた。これで経済は崩壊するはずだった。崩壊しなかった。
中国がルーブルで石油を買い、インドが割安なロシア産原油を吸収した。イランとの武器取引が進み、北朝鮮の砲弾がウクライナの戦場に届いた。制裁は西側の結束を示したが、世界の半分には届かなかった。エネルギー価格を武器に欧州を圧迫し、ドイツの製造業は電力コストに喘いだ。
「我々は勝つ」と静かに宣言した。西側の脱グローバル化を、逆に自らの機会に変えた。ロシアは孤立しなかった。むしろ、グローバルサウスの盟主として存在感を増した。
EUの内側から腐食
欧州連合(EU)の内側では、腐敗が静かに、しかし深く侵食していた。
カタールゲートの余波は収まらなかった。
欧州議会副議長エヴァ・カイリーが現金の詰まったスーツケースとともに逮捕されたのは2022年だが、その後も疑惑は連鎖した。モゲリーニの詐欺・腐敗容疑、ファーウェイ関連の欧州議会スキャンダルが次々と表面化した。2025年、EUの外交サービスは腐敗の渦中に置かれ、内部調査が相次いだ。
ウクライナへの支援は批判的検証を欠いたまま続き、数百億ユーロが流れたが、自らの官僚が関与する資金流用は放置された。ウクライナに反腐敗を求めながら、自国の腐敗には目を瞑った。加盟国間の不信が深まった。国民は呟いた。「選挙で選ばれていない者たちが、戦争の名で富を独占している」と。
農民による抗議が市民の怒りを象徴した。メルコスール貿易協定への反対運動で、農民たちはトラクターでブリュッセルの道路を封鎖し、警察と衝突した。フランス、ドイツ、オランダ、ポーランド――各地で火の手が上がった。EUのグリーン・ディールがもたらす規制の重圧への、限界を超えた叫びだった。
統一の夢は、腐敗の霧に覆われた。
ブリュッセルの官僚たちは、民主主義の守護者を自称しながら、その腐敗を内側から食い荒らしていた。
BRICSの膨張そして亀裂
一方、BRICSは2025年のリオサミットで大きく膨らんだ。
インドネシアが正式加盟し、マレーシア、ベラルーシ、タイなど十数カ国がパートナー国に加わった。新開発銀行(NDB)を強化し、現地通貨による貿易決済を推進した。
リオ宣言では気候変動対応、AIガバナンス、貧困削減が主要議題として採択され、トランプの関税圧力に対しBRICSは多極世界の枠組みを静かに、しかし確実に固めた。
数字が現実を語る。
BRICS圏は世界人口の半数以上を占め、名目GDPで45%以上、購買力平価ベースでは50%以上に達する。かつてG7が「世界経済の運営委員会」を自称していた時代は、数字の上でも終わった。
ドルを使わない貿易決済が広がり、人民元、ルピー、レアルで取引が進んだ。基軸通貨の座はすぐには揺るがない。だが、土台は確実に削られていた。
だが2026年3月、亀裂が露わになった。
米国とイスラエルがBRICS加盟国であるイランへの大規模攻撃を開始したとき、議長国インドのもとでBRICSは共同声明すら出せなかった。インドのモディ首相は2026年2月にイスラエルの議会で「インドはイスラエルとともにある」と演説し、軍事・AI分野の協定に署名していたからだ。
インドはBRICSでグローバルサウスの連帯を語りながら、QUADで米国・日本・オーストラリアと安全保障を組む二重外交を続けている。
多極化への動きは、加盟国の思惑が交差するたびに、静かに軋む。
ウクライナ和平―動かない方程式
ゼレンスキーはトランプとの会談後、「和平案の90%は合意した」と語った。
しかし領土問題という最大の難題だけが残った。UAE、スイス、ジュネーブと協議の場は増えたが、突破口は開かれなかった。
戦場では、ロシアの前進が止まらない。プーチンはトランプとの電話で「我々は前線で順調に進んでいる」と伝え、ドネツク地域におけるウクライナの支配域は半年で35%から15〜17%に縮小した。交渉テーブルで妥協する理由は、戦場で優位に立つ側にはない。
一方、ロシアも無傷ではないようだ。
化石燃料の輸出収入が減少し、国家富裕基金はほぼ枯渇し、2026年1月には消費税を引き上げ軍事費を削減した。双方が疲弊しながら、しかし誰も止まれない。3月末の停戦確率は市場予測で1%。「戦争を終わらせる男」を自称したトランプが、方程式を解けないまま春を迎えた。
しかし、この方程式を複雑にした責任は、トランプだけにあるわけではない。
ウクライナという土地は、かつて大英帝国が引いた境界線と、冷戦が残した断層線の上に立っている。19世紀にクリミア半島で戦い、20世紀に欧州の秩序を設計し、そのたびに「文明の守護者」を名乗った国々が、今また停戦の仲介者として名乗りを上げている。火をつけた者が、消火器を売りに来る。歴史の皮肉は、こういう形で繰り返される。
歴史は、欲望の連鎖だ
ローマの皇帝が石畳を敷き、大英帝国の首相が海を支配し、アメリカの指導者たちがドルを振りかざした。冷戦後のブッシュからバイデンまで、彼らは「正しい秩序」を名目に他国に介入し、富を集中させ、戦争と混乱を生み続けた。
そしてトランプが登場した。覇権を壊すと言いながら、アメリカ・ファーストという別の覇権を掲げた。看板が変わっただけかもしれない。それでも、グローバリズムの終わりを宣言した点では、歴史の転換点に立っている。
BRICSは多極化の象徴として膨らんだ。しかしイランへの攻撃に声を上げられなかった事実が示すように、多極とは「対等な連帯」ではなく「それぞれの利害の集積」に過ぎないかもしれない。覇権が終わっても、次の覇権争いが始まるだけ―という歴史の繰り返しがここにも見える。
2026年の今、世界は岐路に立っている。
グローバリズムでもなく、新たな覇権でもなく。主権を持った国家同士が、対等に手を結ぶ道はあるのか。ローマから始まったこの長い物語が教えるのは、その道が「自然には来ない」ということだ。歴史は、問いだけを残す。
答えは、これから生きる人たちが見出すしかない。
参考文献
Wikipedia (最終更新 2026年) BRICS
BRICSの設立経緯から2025年リオサミットまでの加盟国拡大、新開発銀行の動向、脱ドル化の進展を網羅した基礎資料。
Visual Capitalist (2026) BRICS vs G7: Comparing 2026 GDP Growth Forecasts
BRICS圏とG7の経済規模・GDP成長率・人口・資源保有量を図解した比較データ。多極化の現実を数値で参照。

IMF (2025) World Economic Outlook (October 2025)
2025年10月版の世界経済見通し。BRICSとG7の経済力逆転および脱ドル化の進行状況に関するデータを参照。
Foreign Policy (2026年3月16日) BRICS Meets Reality in the Middle East War
米・イスラエルのイラン攻撃に対しBRICSが共同声明を出せなかった構造的理由を分析。インドの二股外交とBRICS内部の亀裂を参照。

Euronews (2026年3月10日) Russia and Ukraine both claim front line progress with US-brokered peace talks on hold
3月時点のウクライナ前線状況。ロシアのドネツク攻勢とトランプ仲介の停滞を参照。





