二重政府 2: 連続性

2008年、バラク・オバマは「チェンジ」を掲げて当選した。

ブッシュ政権の戦争政策を激しく批判し、新しい時代を約束した。

さて、就任後の8年間で何が起きたか。

裁判も受けさせずに拘禁し続けるとして国際的批判を浴びたグアンタナモ収容所は、閉鎖を公約したまま退任まで存続した。

宣戦布告もしていないパキスタン・イエメン・ソマリアへのドローン攻撃は縮小どころか、ブッシュ政権の10倍の規模に拡大した。

政府の不正を告発しようとした内部告発者への起訴件数は、過去の全大統領の合計を上回った。

ブッシュ政権下で始まったNSAによる市民の大規模通信監視は、スノーデンが暴露する2013年まで誰にも知らされないまま継続された。

拷問プログラムは廃止したが、それを命じた者は誰一人裁かれなかった。

批判した相手の政策を、ほぼそのまま引き継いだのだ。

そしてその継承を、当時のメディアは、ほとんど批判しなかった。

なぜか? グレノンの言う「二重政府」の恐ろしさは、悪役が見えないことだった。誰も嘘をついていないのに、誰も責任を取らない。その構造は、政策を継承させるだけでなく、その継承を批判する回路そのものを塞ぐ。

メディアの沈黙は偶然でも怠慢でもない。構造の一部だ。

批判されなかった理由

2009年1月、オバマが大統領に就任した瞬間、米国の主要メディアは一種の祝祭状態にあった。

CNNもNYタイムズも、新しい時代の幕開けを競って演出した。

そこに潜む問題がある。

「チェンジ」の物語は、メディアにとって都合のいい商品だった。

視聴率が取れ、広告が売れ、読者が増える。ブッシュ政権の8年間で傷ついた「米国の良心」を回復させる物語として、オバマは完璧なキャスティングだった。

その物語の前提を壊すような報道、つまり「オバマもブッシュと同じことをしている」という指摘は、商業的にも政治的にも歓迎されなかった。

さらに深い問題がある。ニューヨーク・タイムズもワシントン・ポストも、国家安全保障の取材においては政府の情報源に依存している。情報源を失えば取材が成立しない。政府の意向に反する記事を書けば、情報源へのアクセスは閉じられる。この構造が、批判的報道を自然に抑制する。

グレノンはこの構図を予見していた。大統領・議会・裁判所という憲法上の正式な政府、彼が「マディソン的制度」と呼ぶ権力監視の仕組みがすでに空洞化しているなら、その代わりにチェック機能を担うべきメディアもまた、同じ力学に飲み込まれる。

メディアが沈黙したもうひとつの理由は、オバマ政権による情報源の封殺だった。「透明性の確保」を繰り返し掲げながら、内部告発者を前政権より苛烈に起訴し、報道の源泉を断ち続けた。その詳細は後述する。

国防長官は変わらなかった

2008年12月1日、大統領就任前のオバマが記者会見を開いた。

そこで発表されたのは、驚くべき人事だった。

国防長官にロバート・ゲイツを留任させる。

ゲイツはブッシュが2006年に任命した人物だ。それをオバマは「二つの戦争を戦っている時期に、連続性が必要だ」と明言して引き留めた。異なる政党の政権を跨いで同一ポストに留まった閣僚は、米国史上ごく少数しかいない。

この一事だけで、「チェンジ」の実態は語れる。

批判者はいた。しかし少数派だった。

多くのメディアはゲイツ留任を「超党派の賢明な判断」として好意的に報じた。これがグレノンの言う「威厳ある部分の機能」だ。国民は「大統領が賢明な判断を下した」と理解する。しかしその判断の実質は、トルーマン的ネットワークの継続性を確保することだった。

ゲイツは2011年6月まで国防長官を務め、オバマから自由勲章を授与されて退任した。

その後、ブッシュ政権の国務長官コンドリーザ・ライス、同じくブッシュ政権の国家安全保障顧問スティーブン・ハドリーとともに戦略コンサルティング会社を共同設立した。党派が変わっても、人脈は変わらない。

政策の連続性:6つの検証

以下、ブッシュ政権下で始まり、オバマ政権下で継続・拡大した具体的な政策を検証する。

前を向く、という隠蔽

ブッシュ政権の「強化尋問技術」は、公式には水責め(ウォーターボーディング)等を含む拷問プログラムだった。オバマはこれを就任直後に廃止した。廃止それ自体は事実だ。

しかし追及はしなかった。

「前を向く」という言葉でオバマはブッシュ政権関係者の刑事責任追及を拒否した。CIAの拷問実行者も、法的根拠を与えた法務官も、命令を下した上層部も、誰も起訴されなかった。

その代わりに起訴されたのは誰か。CIAの拷問プログラムをメディアに伝えた内部告発者、ジョン・キリアコウだ。拷問を命じた者は不問に付され、拷問を告発した者が有罪となった。この逆転が、「廃止」の実態を示している。

ドローン攻撃

数字が全てを語る。

ブッシュ政権8年間のドローン攻撃:パキスタン・ソマリア・イエメン合計で約57件。 オバマ政権8年間の同攻撃:同地域で563件。

調査報道機関ビューロー・オブ・インベスティゲーティブ・ジャーナリズム(BIJ)の集計によるこの数字は、約10倍の拡大を示している。オバマは就任1年目だけで、ブッシュ政権の全期間を上回るドローン攻撃を実施した。

「精密で外科的」とオバマ政権は繰り返した。BIJの記録では、オバマ政権のドローン攻撃による民間人死者は384人から807人の間とされている。

ブッシュが始め、オバマが拡大させた。ドローン戦争は「チェンジ」ではなく、日常化された。

NSA監視

2013年6月、エドワード・スノーデンが暴露したPRISMプログラムは、オバマ政権下で継続・拡大されていた大規模監視システムだった。

米国内外の電話記録・インターネット通信を網羅的に収集するこの仕組みは、ブッシュが9/11後に法的根拠を迂回する形で始めたものを、オバマが引き継いでいた。

暴露後、オバマは改革を約束した。しかしNSAの組織と権限の根幹は維持された。スノーデンは国家反逆者として扱われ、ロシアに亡命を余儀なくされた。

グレノンはTufts Dailyのインタビューで、スノーデン暴露後も政策の根幹が変わらなかった事実を、トルーマン的ネットワークの自己防衛機能を示す事例として言及している。

グアンタナモ収容所

オバマは大統領就任後1年以内の閉鎖を公約した。

2017年1月、退任した。グアンタナモは今も存在する。

公約不履行の原因として議会の反対が挙げられることが多い。

しかしグレノンの論理はより根本的な質問を提起する。なぜ議会はあれほど強固に抵抗できたのか。なぜ大統領の意志は貫徹されなかったのか。国家安全保障に関わる案件において、マディソン的制度の形式的な手続きが、トルーマン的ネットワークの実質的な意向に沿って動いたと読む方が、構造的には一貫している。

内部告発者への起訴

1917年から2009年まで、機密情報をメディアに漏洩したとしてスパイ防止法で起訴された件数は、合計でも3件前後だった。

オバマ政権8年間で、それ以前の全大統領の合計を上回る件数の起訴が行われた。

PolitiFact(2014年)はCNNアンカーのジェイク・タッパーによる「オバマは過去の全大統領合計よりも多くスパイ防止法を内部告発者に使った」という発言を、ファクトチェックの結果「正確」と評価している。

前述のキリアコウだけではない。トーマス・ドレイク(NSA)、チェルシー・マニング(陸軍)、ジェフリー・スターリング(CIA)。いずれも政府の不正や違法行為を告発しようとした者たちが、スパイ防止法という第一次世界大戦期の法律で訴追された。

ブッシュ政権は内部告発者を調査・監視したが、連邦裁判所への起訴は行わなかった。オバマは踏み込んだ。「透明性の大統領」が、告発者の口を最も徹底的に封じた。

法的手続きを経ない身柄移送

ブッシュ政権下で運用された「レンディション」プログラム。

容疑者を第三国に移送し、法的手続きを経ずに拘禁・尋問するこの仕組みは、オバマ政権下でも形を変えて継続された。詳細は機密指定のまま公開されていないが、廃止を宣言した記録はない。

前を向く、という隠蔽

イラクに大量破壊兵器は存在しなかった。チェイニーが「疑いの余地がない」と断言してから2年後、世界はその事実を知った。誰が追及されたか?

オバマは「前を向く」という言葉でブッシュ政権関係者の刑事責任追及を拒否した。WMDの根拠となった情報がいかに形成されたか、誰が何を知っていたか。正式な追及は行われなかった。

なぜ追及できなかったのか。グレノンの論理はここでも機能する。追及とは、トルーマン的ネットワークの中枢、CIAと国防総省の上層部を標的にすることだ。就任直後の大統領がその組織に依存しながら、同時にその組織を訴追することはできない。

構造がそれを許さない。

そしてもう一つ、疑問が残る。

9/11調査委員会報告書だ。

2006年、委員会の共同議長トーマス・キーンと副議長リー・ハミルトンは著書『Without Precedent』でこう述べた。委員会は「失敗するよう設計されていた」と。

FAAとNORADの高官が委員会に提出した証言は「真実からかけ離れていた」と記録している。CIA長官ジョージ・テネットの証言についてキーンは後に「明らかに率直ではなかった」と述べた。CIAが委員会への情報提供を意図的に制限したことについてキーンはこう言った。「不注意な見落としではなかった。意図的だった。その点は疑いの余地がない」。

委員会の結論を形成した尋問記録は、拷問によって得られたものだった。キーンとハミルトン自身が「歴史的資料として完全には信頼できなかった」と認めている。

公式調査の委員長と副委員長が、自らの調査が真実に辿り着けなかったと認めた。これは推測ではない。当事者の言葉だ。

グレノンの言う「トルーマン的ネットワーク」は、外部からの衝撃を吸収して自己を維持する。スノーデンの暴露後も変わらなかった。WMD捏造の追及も封じられた。そして9/11調査委員会は、自ら「失敗するよう設計されていた」と認めた。

何が隠されているのか。それを問う権利は、市民にある。

キャスティング

なぜオバマだったのか。

外交問題評議会(CFR)という組織がある。

1921年設立、ニューヨークに本部を置くシンクタンクで、外交・安全保障分野の政策立案者・学者・企業幹部・メディア人を網羅的に結びつけてきた。民主党政権でも共和党政権でも、国家安全保障の主要ポストはCFRの人材プールから補充されてきた。グレノンが「トルーマン的ネットワーク」と呼ぶ集団と、CFRの人材供給は深く重なっている。

オバマ政権の外交・安全保障チームを構成したのは誰か。

国家安全保障顧問のジェームズ・ジョーンズ、国務長官のヒラリー・クリントン、CIA長官のデイビッド・ペトレイアス。ペトレイアスはブッシュ政権下のイラク司令官であり、オバマはアフガニスタン戦略のテンプレートとしてブッシュのイラク増派を援用した。そのペトレイアスを、オバマはCIA長官に据えた。

国連大使のスーザン・ライスはクリントン政権からのキャリア。副国務長官のジェームズ・スタインバーグも同様だ。

「チェンジ」を掲げた大統領の安全保障チームは、クリントン政権の人材を中心に、ブッシュ政権の継続人材が加わった布陣だった。

オバマは変革の象徴として機能した。しかしその内閣は、グレノンの言う「トルーマン的ネットワーク」の論理に沿って構成された。

これは個人への批判ではない。

構造がそう要求したのだ、とグレノンなら言うだろう。いかに才能ある政治家が「チェンジ」を掲げても、就任直後から国家安全保障の専門集団が蓄積した情報と論理の中に置かれる。反論するための情報も経験も、就任したばかりの大統領には持ちようがない。そうして継続が選ばれる。

構造がキャスティングする。大統領はただの役者でしかない。

誰も嘘をついていない

グレノンの分析の優しさは、悪役を設定しないところにある。

オバマは嘘をつくつもりで「チェンジ」を語ったわけではないかもしれない。ゲーツは義務感で残留した。NSAの分析官たちは国家の安全を本気で守ろうとしていた。議会議員は選挙区の事情で動いた。メディアは情報源との関係を維持しようとした。

誰も嘘をついていない。しかし全体として、政策は変わらなかった。

これが「公的政府の空洞化」の恐ろしさだ。責任の所在が拡散し、誰もアカウンタビリティを負わない。国民は「大統領が決めた」と信じ、大統領は「専門家の助言に従った」と言い、専門家は「制度の論理に従った」と言う。

2013年のスノーデン暴露後、世界的な批判が起きた。しかしNSAは解体されなかった。PRISMは終わらなかった。スノーデンは亡命者となった。

グレノンが「トルーマン的ネットワーク」と呼ぶ、CIA・NSA・国防総省・FBIの常勤専門家集団はこうして、外部からの衝撃を吸収して自己を維持する。それがこのネットワークの本質的な強靭さだ。

次回は時計の針を戻す。父ブッシュからクリントンへ。この「種明かし」が、二重政府の歴史的な連続性をより鮮明にするだろう。

参考文献

Michael J. Glennon著 National Security and Double Government (2014) 

タフツ大学教授グレノンによる学術的核心著作。ブッシュからオバマへの政策継続性を「構造的インセンティブ」として分析。 

https://global.oup.com/academic/product/national-security-and-double-government-9780190206444

Tufts Daily (2015/01/01) Glennon discusses double government, problems of American bureaucracy 

グレノン教授インタビュー。スノーデン暴露後も政策が変わらなかった構造的理由について言及。

https://www.tuftsdaily.com/article/2015/01/glennon-discusses-double-government-problems-american-bureaucracy

Thomas Kean & Lee Hamilton著 Without Precedent: The Inside Story of the 9/11 Commission (2006/08/15) 

9/11調査委員会の共同議長と副議長が委員会の内幕を記した著作。委員会が「失敗するよう設計されていた」と明言し、FAA・NORAD高官の証言が「真実からかけ離れていた」こと、CIA長官テネットが「明らかに率直ではなかった」こと、CIAによる情報提供の意図的な制限を記録する。 

あわせて読みたい

Arms Control Association (2003/07/01) Bush Administration Defends Intelligence Findings on Iraq 

チェイニーが2002年8月26日の演説でイラクの大量破壊兵器保有を「疑いの余地がない」と断言した事実を記録。開戦後に大量破壊兵器が発見されなかった経緯とブッシュ政権の対応を詳細に分析する。 https://www.armscontrol.org/act/2003-07/press-releases/bush-administration-defends-intelligence-findings-iraq

Bureau of Investigative Journalism (2017/01/17) Obama’s covert drone war in numbers: ten times more strikes than Bush 

ドローン攻撃統計の一次ソース。オバマ政権下563件・ブッシュ政権下57件。

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