何を議論するかを、誰が決めるのか
前回、私たちは「同意の製造」という概念を確認した。
強制も検閲もなく、マスメディアの構造そのものが権力者に有利な報道を生み出す仕組みだ。
今回はその一段下、より具体的な手法に降りていく。「アジェンダ設定」と「前提の支配」、何を議論するかを決める力と、議論の土台そのものを固定する力だ。
スタッキング
Based on:Hyzen & Van den Bulck (2024) / Herman & Chomsky (1988) / McCombs & Shaw (1972) / Entman (1993) / IPA (1937)
「アジェンダ設定」:何を重要な問題と感じさせるか
メディアは、あなたに何を考えるかを命令しない。
しかし、何について考えるかを決める力を持っている。
ニュースの選択、見出しの大きさ、放送時間の配分、記事の配置、これらすべてが「重要性の序列」を読者に刷り込む。
トップニュースとして繰り返し報じられた出来事は重要に感じられ、小さく扱われた出来事は些末に感じられる。これがアジェンダ設定の機能だ。内容の正確さとは無関係に、何が「今最も重要な問題か」という感覚が、報道の構造によって形成される。
2022年2月24日、ウクライナ侵攻開始当日のCNNを見てみよう。
記事はバイデン政権の制裁発表を中心軸に据え、G7首脳、EU委員長、副大統領の支持表明を順に配置した。
読者が記事を読み終えたとき、「今議論すべき問題は制裁と米国の対応だ」という感覚が自然に形成される。NATO東方拡大の経緯、ロシア側の安全保障上の懸念、和平交渉の可能性、これらは記事にほぼ登場しない。「報じなかった」のではなく、「議題として設定しなかった」のだ。
さらに興味深いのは、侵攻から約1ヶ月後の動きだ。
2022年3月30日、CNNはメディア業界向けの分析記事を掲載し、自社のウクライナ報道を自己評価した。記事の中でCNNは、ウクライナの人々への共感に満ちた報道姿勢を肯定的に描き、その継続を「道義的義務」と位置づけた。読者が関心を持ち続けるための戦略として「人間的な物語と政策報道の組み合わせ」を推奨している。
議題の設定は開戦時の一瞬で終わらない。
1ヶ月にわたって意識的に維持・管理されていた。メディアが自らの報道姿勢を「道義的義務」と呼ぶとき、議題の選択は倫理の衣をまとう。
その瞬間、議題設定そのものを問い直す視点は、「不道徳な懐疑論」として周辺化される。
「周辺化」と言う言葉は、普段は使わない専門用語だ。はっきり言うと「議論の俎上から排除される」と言うことだ。
「前提の支配」:議論を始まる前に、勝負をつける
アジェンダ設定が「何を議論するか」を決めるとすれば、前提の支配は「どの土台の上で議論するか」を固定する。
個別の争点を議論する前に、その争点が成立する前提そのものを確定してしまう手法だ。
前提が固まれば、その後どれだけ「多様な意見」が報道されても、すべて同じ土台の上でしか動けない。
「この戦争は挑発なきものだった」という前提を反復・定着させれば、その前提自体を問い直す声は報道空間から自然に消えていく。
ハイゼンとヴァン・デン・ブルックは、これをウクライナ侵攻報道の最大の特徴として指摘している。
同じく2022年2月24日。CNNとFox Newsは、この手法を異なる角度から実践している。
CNNの記事は、侵攻開始直後のホワイトハウス内部の動きを再現するという体裁をとった。
バイデン政権の国家安全保障チームが、プーチンの演説開始からわずか40分で「挑発なき、正当性なき侵略」という声明を発出した経緯が、緊迫したドラマとして描かれる。この語句が政治的判断として選択されたという事実は、ドラマ的描写の中に溶け込み、読者の目には触れない。前提は「事実として報道される前」にすでに定まっていた。
Fox Newsの記事は、民主・共和両党の議員声明を一覧形式で並べた。
バイデン、ロムニー、ペロシ、グラハム、ルビオ、党派を問わず「挑発なき」「正当性なき」「名誉なき」という語が繰り返され、前提の超党派的な共有が可視化される。記事末尾にはガバード元議員がNATOの安全保障懸念に触れる異論を一行掲載しているが、ルビオ議員の反論がその直後に配置され、異論は即座に周辺化される。「多様な声」を装いながら、土台そのものは揺るがない構造になっている。
前提の支配の特徴は、その不可視性にある。CNNは「前提が形成される現場」を、Fox Newsは「前提が政治空間全体に定着する様子」を、それぞれ記録していた。どちらの記事も、前提の存在を読者に気づかせない。
二つの手法が組み合わさるとき
アジェンダ設定と前提の支配は、単独でも機能するが、組み合わさったとき、その効果は構造的になる。
アジェンダ設定が「制裁と米国の対応を議論しよう」と決め、
前提の支配が「ただし、この戦争は挑発なきものだったという前提の上で」と土台を固める。
この二つが揃ったとき、報道空間に現れる「多様な議論」は、実際にはきわめて狭い範囲に限定されている。
制裁の規模をどうするか、NATOはどこまで関与すべきか、これらはすべて、前提の土台の上にある議論だ。「ロシアがなぜ侵攻したのか?」など、前提そのものを問う声は、議題にすら上がらない。
「多様な議論が行われている」という印象が、むしろ閉塞を隠す。
これは2022年のウクライナ報道だけの話ではない。
あらゆる重大な国際問題において、何が議題に上がり、どの土台の上で議論されるかは、報道開始の瞬間からすでに決まっていることが多い。あなたが「議論に参加している」と感じているとき、その議論の枠組み自体はすでに他者によって設定されている。
次回は「フレーミング」と「カード・スタッキング」を取り上げる。
同じ事実でも、どの枠に入れるかで意味が変わる手法と、嘘をつかずに都合のいい事実だけを積み上げる手法だ。ウクライナ侵攻報道において、この二つがいかに精巧に機能したかを、引き続きCNNとFox Newsの事例から検証する。
参考文献
Herman, E.S. & Chomsky, N. (1988) Manufacturing Consent: The Political Economy of the Mass Media
強制や検閲なしにマスメディアが権力者の利益に沿った報道を生み出す構造を解明した古典的著作。広告依存・メディア所有の集中・政府情報源への依存という三つの構造的要因が、いかにして「同意の製造」を可能にするかを体系的に論じる。本連載の理論的基盤。
Hyzen, A. & Van den Bulck, H. (2024) “Putin’s War of Choice”: U.S. Propaganda and the Russia–Ukraine Invasion, Journalism and Media, MDPI, Vol.5(1)
アジェンダ設定・フレーミング・悪魔化・前提の支配を中心に、ウクライナ侵攻報道における米国プロパガンダの作動を実証した学術論文。本連載の分析枠組みの主要出典。
https://www.mdpi.com/2673-5172/5/1/16
McCombs, M. E. & Shaw, D. L. (1972) “The Agenda-Setting Function of Mass Media,” Public Opinion Quarterly
アジェンダ設定理論の原論文。メディアが受け手に「何を考えるか」ではなく「何について考えるか」を決定する力を持つことを実証した。アジェンダ設定の理論的出典。
https://fbaum.unc.edu/teaching/articles/POQ-1972-McCOMBS-176-87.pdf
Entman, R. M. (1993) “Framing: Toward Clarification of a Fractured Paradigm,” Journal of Communication
フレーミング理論の定義的論文。フレームが「問題の定義・原因の特定・道徳的評価・解決策の提示」という四機能を通じて意味を構築するプロセスを解明した。フレーミングの理論的出典。
https://fbaum.unc.edu/teaching/articles/J-Communication-1993-Entman.pdf
Lee, A. M. & Lee, E. B. (1939) The Fine Art of Propaganda: A Study of Father Coughlin’s Speeches, Harcourt, Brace and Company
Institute for Propaganda Analysis(IPA、1937–1942)の7つのプロパガンダ手法を体系的に解説した著作。カード・スタッキング・悪魔化・バンドワゴンの理論的出典。
CNN (2022/02/24) Biden calls out Putin for ‘premeditated attack’ as Russia begins assault on Ukraine
侵攻当日、バイデン政権の制裁発表を軸に組まれたCNNの報道。ホワイトハウスの政治的言語がそのまま記事の骨格を形成し、アジェンダ設定と前提の支配が同時に機能している構造を示す事例。

CNN Business (2022/03/30) The media covered Ukraine differently. Here’s why some think that was justified
侵攻約1ヶ月後、CNNが自社のウクライナ報道を自己評価した分析記事。報道の継続を「道義的義務」と位置づけ、議題設定の意図的な維持・管理を自ら記録している。

CNN (2022/02/24) Inside the White House as Putin invaded Ukraine
ホワイトハウス内部の動きをドラマ的に再現した記事。「挑発なき侵略」という政治的言語が事実描写として機能する過程、すなわち前提の支配が形成される現場を記録している。

Fox News (2022/02/24) US politicians react to Russia, Putin declaring ‘special military operation’ in Ukraine
民主・共和両党の議員声明を一覧形式で並べた記事。超党派的な語句の統一と、異論の周辺化という前提の支配の構造を示す。




