キッシンジャーの仕事1〜4では、彼が世界の平和と進歩を停滞させた軌跡を見てきた。
今回から2回の連載では、長年の停滞を打破し、進歩を巻き直している🇺🇸トランプ政権と世界の動きについて紹介したい。
封印された淡水化プラント
1967年、アイゼンハワー元大統領とストラウス元原子力委員会委員長は、中東に3基の原子力海水淡水化プラントを建設する構想を発表した。
1日10億ガロン以上の淡水を生み出し、1,750平方マイルの砂漠を農地に変える。エジプト、イスラエル、ヨルダンが水と電力を共有する。まっとうで、現実的な計画だった。
残念ながら、この構想は、「管理された紛争」を続けたいイギリスとキッシンジャーによって葬られた。
地域が技術によって自立すれば、外部からの調整者としての役割が失われる。
原子力と淡水化は、その論理の前に静かに封じ込められた。代わりに設計されたのがペトロダラー体制だった。石油収入という甘い罠を制度化することで、中東が技術によって自立する道筋は、以後60年近く閉ざされ続けた。
その体制に亀裂が入り始めている。
SMRという新技術
60年前には存在しなかった技術が、小型モジュール炉(SMR)と呼ばれる新しい原子力技術だ。
これが、アイゼンハワーとストラウスの構想を現実に引き寄せつつある。
SMRは、従来の大型原子力発電所とは根本的に異なるアプローチで設計された原子炉だ。
最大の特徴は、工場で主要部分を製造し、現地で組み立てる「モジュール化」にある。従来の大型炉は、建設現場で何年もかけて一から作り上げるため、コストが膨らみ、工期が10年以上に及ぶことも珍しくなかった。
一方、SMRは出力規模を数十メガワットから数百メガワット程度に抑え、工場生産によって品質を安定させ、建設期間を大幅に短縮できる。必要な電力や熱の量に応じて、モジュールを追加していく柔軟性も持っている。
この特性が、特に海水淡水化との組み合わせで意味を持つ。
淡水化には大量の電力と、場合によっては熱が必要になる。大型炉では、出力が大きすぎて地域の需要に合わず、初期投資も巨額になるため、淡水化プラントとの統合は現実的ではなかった。
SMRは、必要な規模で電力を供給でき、余剰熱を淡水化に活用できる設計も可能だ。工場で作られるため、砂漠や沿岸部といった立地条件にも対応しやすく、初期投資のハードルも下げられる。
これまで「原子力は高すぎて、時間がかかりすぎる」という理由で、中東の水問題解決に本格的に使えなかった技術的障壁が、SMRの登場によって取り除かれつつある。
核拡散のリスクについても、設計上小型で燃料の扱いが限定的なタイプが増え、従来の大型炉に比べて管理しやすくなった点も無視できない。
SMRが概念段階を抜け出したのが2000年代、世界初の商業運転を達成したのは2020年のロシアの浮体式プラントだ。 欧米では2029年のカナダを皮切りに商業展開が始まろうとしている。
技術として「使える段階」に入ったのは、ごく最近のことである。
今、その道具を実際に手にしようとしている国々が、動き始めている。
湾岸諸国が動いている:Vision 2030という転換
サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)が、原子力と海水淡水化に本格的に動き始めている。
サウジアラビアは、Vision 2030の核として石油依存からの脱却を国家戦略に掲げている。
2025年11月、米国エネルギー長官クリス・ライトとサウジエネルギー相の間で、民生用原子力協力に関する交渉完了の共同宣言が署名された。
これは、数十年にわたる数十億ドル規模の原子力パートナーシップの法的基盤を築くもので、米企業が優先的な協力相手となる枠組みだ。サウジは単に発電を増やすだけでなく、海水淡水化との統合を真剣に検討している。水資源の制約が国家の存続に関わる問題であることを、石油で豊かになった国々がようやく本気で技術によって解決しようとしている。
UAEはすでに具体的な成果を出している。バラカ原子力発電所は4基すべてが商業運転に入り、アラブ世界で初めて原子力による発電を実現した国となった。発電容量はUAEの電力需要の約25%を賄う規模に達している。UAEは元々、海水淡水化技術の運用経験も豊富であり、原子力で得られる電力と熱を淡水化に活用する道筋は、技術的にすでに現実的になっている。
ここで起きているのは、単なるエネルギー政策の変更ではない。
「石油で生きる国」から「技術で生きる国」への転換である。石油という資源に依存し続けた結果、水と食料の安全保障を外部に委ねざるを得なかった構造から、自分たちの手で水とエネルギーを生み出す構造へ移行しようとしているのだ。
この動きが本格化すれば、中東の水と食料をめぐる力関係そのものが変わり始める。
この動きに、もう一つの条件が重なっている。アブラハム合意以降に生まれた、新しい協力の枠組みだ。
アブラハム合意という「経済統合の土台」
2020年のアブラハム合意は、単なる外交的正常化ではなかった。中東における協力の条件そのものを変えた。
それまで、イスラエルとアラブ諸国の間で水やエネルギー分野の本格的な協力は、政治的に極めて困難だった。六日戦争以降に固まった地域の分断構造が、技術的な可能性があっても実行を阻んでいた。しかし合意以降、イスラエルとUAEの間で水・農業・エネルギー分野の具体的な連携が急速に進み始めた。
その象徴が、2021年に合意されたイスラエル・ヨルダン・UAEの三国間プロジェクトである。
UAEの国営企業マスダルがヨルダンに大規模太陽光発電所を建設し、そこで生み出された電力をイスラエルに供給する。一方、イスラエルは地中海沿岸で新たに淡水化された水をヨルダンに提供する仕組みだ。これは、アブラハム合意がなければ実現し得なかった水とエネルギーの交換である。
さらに重要な枠組みが、I2U2(インド・イスラエル・アラブ首長国連邦・米国)だ。
この枠組みは、水資源、食料安全保障、クリーンエネルギーを主要な協力分野に位置づけている。UAEはすでにインドに20億ドル規模の統合食料パークを投資し、淡水の節約と再生可能エネルギーの活用を進めている。
イスラエルが世界トップクラスの逆浸透膜による海水淡水化技術を持っていることを考えれば、SMRと組み合わせた水・エネルギーインフラの構築は、技術的にこれまでよりはるかに現実的になっている。
60年間欠けていた『政治的に協力できる条件』が、アブラハム合意によって初めて整いつつある。
技術だけでは動かなかったものが、外交の変化によって動き始めたのである。そして同じ動きが、中東だけでなく欧州でも同時に起きている。
中東から欧州へ:SMRという地政学的選択
湾岸諸国が原子力と淡水化に本腰を入れ始め、アブラハム合意後の新たな協力の枠組みが動き出している。同じ論理が、同じ時期に、地球の反対側でも動いている。欧州である。
2025年9月30日、ワルシャワで一つのイニシアチブが発足した。
SMR汎地域利益原子力グループ(SPRING)と呼ばれるこの枠組みは、米国務省のFIRSTプログラムの一環として、欧州と中央アジアにおける米国製SMRの艦隊規模での展開を目指すものだ。規制の整合化、サプライチェーンの構築、プロジェクト管理の標準化を通じて、各国が個別に動くよりも大幅に効率的にSMRを導入できる体制を整えることを目的としている。
この発足から約5カ月後の2026年2月、ルビオ国務長官が中央欧州を訪問し、スロバキアおよびハンガリーとの民生用原子力協力政府間協定に署名した。
ハンガリーについては、米国製SMR技術の地域拠点として位置づけることが明確にうたわれている。両国はいずれも長年にわたってロシア産エネルギーに依存してきた国だ。これらの合意がもたらす事業規模は150億ドル超と見積もられている。
中東と欧州で起きていることは、表面上は異なる文脈に見える。
だが、その構造は同じだ。中東では石油を基軸にした秩序への依存が地域の自立を縛り続けてきた。欧州ではロシア産天然ガスへの依存が安全保障の根幹を揺るがしてきた。どちらも、エネルギーの依存構造そのものが政治的な従属の構造を作り出してきた。SMRは、その回路を技術的に断ち切る道具になり得る。
文明の選択
これは、技術の話であると同時に、文明の選択である。
人間が作り出した技術を、紛争を管理するための道具として使うのか。それとも、水や食料、電力を人々に届けるための手段として使うのか。60年間、選ばれてきたのは前者だった。
今、技術がその選択を再び問い直し始めている。
人間が水と食料と電力を共有することで、憎悪の根を減らそうとした発想が、ようやく技術的・政治的に可能になりつつある。
SMRが中東や欧州で現実的な選択肢として浮上しているという事実は、「緊張の管理」という論理が、技術の変化によって徐々に効力を失いつつあることを示している。
湾岸諸国が自ら原子力と淡水化に投資し始め、イスラエルとアラブ諸国の間で水とエネルギーの協力が具体的に動き出し、欧州でもエネルギー依存の構造を断ち切る動きが加速している。管理された依存の回路が、技術によって解体されつつある。
次回は、この動きのもう一つの中心である新しい軍事技術の文脈を、掘り下げていく。
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参考文献
Jewish Telegraphic Agency (1968/05/29) Gen. Eisenhower Proposes Plan for Nuclear-Powered Mid-East Desalting Plants
1968年5月に報じられた記事。アイゼンハワー元大統領とストラウス元原子力委員会委員長が、Readers Digest誌を通じて中東に3基の原子力海水淡水化プラントを建設する構想を発表した内容を詳述している。1日10億ガロン以上の淡水生産と1,750平方マイルの農地転換という具体的な数字とともに、IAEA監督下での平和的利用を提案した1967-68年の計画の一次的記録。
https://www.jta.org/archive/gen-eisenhower-proposes-plan-for-nuclear-powered-mid-east-desalting-plants
U.S. Department of Energy (2025/11/18) U.S. Energy Secretary and Saudi Arabia’s Energy Minister Announce Deal on Civil Nuclear Cooperation
米エネルギー長官クリス・ライトとサウジアラビアのエネルギー相が、民生用原子力協力に関する交渉完了の共同宣言に署名したことを発表した公式記事。数十年にわたる数十億ドル規模の原子力パートナーシップの法的基盤構築と、米企業が優先パートナーとなる枠組みを明らかにしている。
https://www.energy.gov/articles/us-energy-secretary-and-saudi-arabias-energy-minister-announce-deal-civil-nuclear
U.S. Embassy in Poland (2025/09/30) United States Launches Initiative for Fleet Deployment of Advanced Nuclear Energy Technology in Europe
2025年9月30日、ワルシャワで発表されたSMRの欧州展開イニシアチブに関する公式発表。SPRING(SMR Pan-Regional Interest Nuclear Group)を通じた欧州・中央アジアでの小型モジュール炉の艦隊規模展開と、FIRSTプログラムによる規制・サプライチェーン整備を詳述。
https://pl.usembassy.gov/united-states-launches-initiative-for-fleet-deployment-of-advanced-nuclear-energy-technology-in-europe/
U.S. Department of State (2026/02) Secretary Rubio Advances National Security Through Civil Nuclear Deals in Central Europe
2026年2月、ルビオ国務長官が中央欧州における民生用原子力協力の進展を発表した公式リリース。スロバキアおよびハンガリーとの政府間合意と、FIRSTプログラムを活用したSMR技術の地域展開を位置づけている。
https://www.state.gov/releases/office-of-the-spokesperson/2026/02/secretary-rubio-advances-national-security-through-civil-nuclear-deals-in-central-europe/
U.S. Department of State I2U2
I2U2(インド・イスラエル・アラブ首長国連邦・米国)の公式ページ。水、食料安全保障、クリーンエネルギーを主要協力分野に掲げ、UAEによるインドへの20億ドル規模の統合食料パーク投資や、再生可能エネルギー・水資源に関する共同イニシアチブを記載。
https://www.state.gov/i2u2
The Washington Institute for Near East Policy (2021/11/18) UAE to Fund Israel and Jordan’s Solar/Water Deal
2021年11月に発表されたイスラエル・ヨルダン・UAE三国間の水・エネルギー交換プロジェクトを分析した記事。UAEのマスダルがヨルダンに太陽光発電所を建設し、イスラエルが淡水化水をヨルダンに供給する仕組みを詳述。
https://www.washingtoninstitute.org/policy-analysis/uae-fund-israel-and-jordans-solarwater-deal
American Nuclear Society (2024/09) Fourth unit at UAE’s Barakah plant enters commercial operation
UAEのバラカ原子力発電所4号機が2024年9月に商業運転を開始したことを報じた記事。4基すべてが稼働し、アラブ世界で初めて原子力発電を実現した国として、UAEのエネルギー多様化と原子力・淡水化統合の基盤を裏付ける。
https://www.ans.org/news/article-6366/fourth-unit-at-uaes-barakah-plant-enters-commercial-operation
