「暴動」という言葉が選ばれた日
2021年1月6日、あなたはどこでその映像を見たか。
議事堂に群衆が押し寄せ、窓ガラスが割れ、廊下を走る警官が映し出された。そしてその映像に、必ずといっていいほど同じ言葉が重なった。
「暴動」「反乱」「民主主義への攻撃」。
CNN、フォックス・ニュース、AP、NHK。メディアの政治的立場は関係なかった。その日、世界中のスクリーンで同じ言語が流通した。あなたはその言葉を「報道」として受け取ったかもしれない。しかし、考えてみてほしい。
誰がその言葉を最初に選んだのか。
本連載「J6という檻」は、2021年1月6日の米議会事件をめぐる報道を、プロパガンダ分析の手法で解剖する全5回のシリーズの1回目だ。分析枠組みは、ウクライナ侵攻報道を対象とした前シリーズ「見えない檻」と同じ、ハイゼンとヴァン・デン・ブルックの研究を主軸に複数の先行研究を統合・再解釈した8つの手法に依拠する。手法に馴染みのない読者は、そちらを先に参照してほしい。
今回は最も上位の手法、「同意の製造」「アジェンダ設定」「前提の支配」「フレーミング」がいかに機能したかを見る。
プロパガンダの構造図
スタッキング
Based on:Hyzen & Van den Bulck (2024) / Herman & Chomsky (1988) / McCombs & Shaw (1972) / Entman (1993) / IPA (1937)
この図を改めて見てほしい。「カード・スタッキング」や「悪魔化」は下位に位置する。言語表現として現れるから、読み慣れた目には引っかかりやすい。しかし「アジェンダ設定」と「前提の支配」はそうではない。何が議題になっているかではなく、何が議題にすらなっていないか。
その「欠如」に気づくことの難しさが、上位の手法を最も効果的にする。J6報道はその典型だ。
「暴動」という言葉の来歴
事件当日、バイデン新大統領は「民主主義への前例のない攻撃」と声明を発表した。共和党主流派も、その日だけはトランプ批判で民主党と足並みを揃えた。マコーネル上院院内総務、グラム上院議員、いずれもその日のうちに暴力を非難した。
ここに注目してほしい。
前シリーズで論じたインデクシング理論が指摘するように、メディアは政治エリートの合意の範囲内でしか報道しない。あの日、民主党も共和党主流派も一致してトランプを非難した。政治エリートの合意が成立していた。
だからCNNもフォックス・ニュースも、同じ言語で同じ解釈枠の報道をした。
「挑発なき侵略」がウクライナ報道の合言葉だったように、「暴動」がJ6報道の合言葉になった。
この言葉は中立的な事実描写として流通したが、実際には高度に政治的な法的概念だ。「暴動」と「反乱」の間には、憲法上の意味において大きな溝がある。その選択を、どれだけの報道機関が意識的に行ったか。
メディアが同じ言葉を使った日
CNNは事件当日、「米国の民主主義への攻撃」を軸に記事を組んだ。バイデン政権の声明を骨格に、政府の対応を順番に並べる構造だ。「民主主義の危機」というフレームが冒頭から設定され、それ以後のすべての事実がそのフレームの中に収められた。
APは「トランプ支持の暴徒が議事堂に侵入」と速報を打った。中立的な事実報道に見えるが、群衆を「支持者」と呼ぶか「暴徒」と呼ぶかで、読者の認識は決定的に変わる。
言葉の選択はすでにフレーミングの一部だ。
フォックス・ニュースはどうか。初日の報道は他媒体と大きく変わらなかった。暴徒を批判し、混乱を伝えた。保守メディアの旗手とされるフォックス・ニュースが、その日だけはCNNと同じ方向を向いていた。
これは偶然ではない。政治エリートの合意がある間は、イデオロギー的に対立する媒体が同じ言語を使う。それがインデクシング理論の予測であり、J6報道はその教科書的な実例だった。
アジェンダ設定:何が議論されなかったか
「何を報じるか」より「何を報じないか」で、認識の枠組みは決まる。
J6報道において、ほぼ完全に姿を消した論点が三つある。
一つ目は、議事堂のセキュリティ体制の問題だ。なぜあれほど容易に群衆が入れたのか。警備の失敗、あるいは意図的な不作為があったのか。この疑問は、少なくとも最初の一年間、主流メディアの議題に上がることはほぼなかった。
この疑問に直結する事実がある。
事件前日の1月4日、議事堂警察長官サンドは州兵の事前派遣を要請した。しかし下院警備長官アーヴィングは「見栄えの問題」を理由に拒否した。上院警備長官ステンジャーは「非公式に待機要請しておけ」と助言するにとどめた。
暴動が始まってからも、サンドは合計6回にわたって支援を要請した。いずれも拒否されるか、遅延した。午後2時26分頃、国防総省へのバックアップ要請に対しても、陸軍参謀部長ピアット中将が「議事堂を背景に州兵が警戒線を張る映像は好ましくない」として承認を推奨しなかった。州兵が現場に到着したのは、その3時間以上後だった。
下院警備長官アーヴィングが誰の指示でその判断をしたのか。共和党議員はペロシまたはその代理人からの指示があったと主張した。ペロシ側はこれを否定した。この問いへの答えは、最初の一年間、主流メディアの議題に上ることはなかった。
さらに2024年、HBOで放映された映像が改めて注目を集めた。民主党下院議長ペロシの娘アレクサンドラが1月6日当日に議事堂内で撮影したもので、避難中のペロシ本人が「警備については私に責任がある」と認める場面が収められていた。
しかしその後ペロシは辞任もせず、2000万ドルの税金を投じたJ6委員会を設置し、責任をトランプに転嫁した。
J6委員会はこの映像を調査に活用しなかったどころか、委員会解散時には証言記録と映像データの多くが削除されていたことが後に明らかになった。
タッカー・カールソンのFox退社直前のJ6報道を見た人は、議事堂内の平和な見学やQアノン・シャーマンを案内している警備員の映像に驚愕したのではないだろうか?
二つ目は、FBI・情報機関のJ6前後の関与だ。当日、FBIの協力者が26人現場にいたことは後に明らかになる。しかし2021年の報道空間には存在しなかった事実だ。
三つ目は、パイプ爆弾事件だ。1月5日夜、民主党・共和党両本部の近くで爆発物が発見された。犯人の特定には5年近くを要した。ワシントンD.C.の警備を手薄にさせたこの事件は、J6報道の主軸にはならなかった。
議題にならなかった情報は、現実として認識されない。アジェンダ設定の最も強力な効果は、その「欠如」の中に潜んでいる。
J6委員会という「前提の支配」
2021年6月、下院にJ6特別調査委員会が設置された。民主党主導で、共和党はボイコットした。委員に選ばれた共和党議員はリズ・チェイニーとアダム・キンジンガーの二人、いずれもトランプ批判を公言していた議員だった。
この構造自体が、前提の支配として機能した。
CNNとAPは委員会設置を「独立した真相究明」と位置づけた。共和党のボイコットは「党派的抵抗」として描かれた。フォックス・ニュースは「政治的ショー」と批判したが、その批判もまた「委員会の存在」という前提の上で行われた。
委員会が存在すること自体は疑われない。委員会の構成が偏っているかどうかも、最初の一年間は主流メディアの議題にならなかった。「真相究明の場がある」という前提が固定された時点で、その正当性を問う声に『陰謀論』のシールが貼られ、議論の外へ追い出される準備が整った。
公聴会という「フレーミング」の完成
2022年6月から始まった公聴会は、全国放送で中継された。ハリウッドのプロデューサーが演出に関与したことが後に明らかになるが、その時点では報じられなかった。
ホワイトハウスのスタッフであったカッシディ・ハッチンソンの証言は最大の山場だった。「トランプは暴徒が武装していることを知っていた」「大統領専用車のハンドルを奪おうとした」。これらは伝聞に基づく証言だった。しかしCNNとAPはそれを確定した事実のように扱い、フォックス・ニュースは信頼性に疑問を呈した。
12月に公開された最終報告書は、トランプに対する刑事起訴勧告を含んでいた。CNNは「多角的な証拠に基づく結論」と報じ、フォックス・ニュースは「党派的な政治文書」と切り捨てた。
注目すべきは証拠の選別だ。最終報告書が依拠した証拠の多くは委員会が選択したものだ。反証となる証拠や証言がどう扱われたか、その時点では検証する手段がなかった。
カード・スタッキングは、何を見せるかと同時に、何を隠すかによって完成する。
「トランプは有罪だ」という結論は、この一連のフレーミング操作によって、証拠の吟味より先に着地した。
同意の製造、第一ラウンドの完了
2021年から2022年末にかけて、J6をめぐる同意の製造は第一ラウンドを完了した。
民主党と共和党主流派の合意がある間、メディアは一方向に動いた。
議題は「トランプの責任」に絞られ、それ以外の問いは空白に置かれた。前提は「委員会の正当性」として固定され、フレーミングは「民主主義の危機とトランプの脅威」に収束した。
あなたが「暴動」という言語を自然なものとして受け入れていたなら、この構造はすでに機能していた。
しかし2023年以降、その構造に亀裂が入り始める。政治エリートの合意が崩れた時、プロパガンダはどう変容するか。次回はその転換点を見る。
参考文献
CNN (2021/01/07) US Capitol secured, 4 dead after rioters stormed the halls of Congress to block Biden’s win
トランプ支持者が議事堂に乱入し、4人が死亡した事件の速報記事。バイデン政権の声明を骨格に「民主主義への攻撃」というフレームで報道を構成。「暴動」「反乱」という政治的言語が中立的な事実描写として機能した初日の典型例。主流メディアがいかに同一の解釈枠で開幕を伝えたかを示す。

AP (2021/01/06) Capitol siege timeline
APが事件発生直後から打ち続けた速報群の代表的タイムライン記事。「暴徒が議事堂を突破」という事実中心の報道スタイルをとりつつ、言語選択と情報の優先順位においてCNNと同一の解釈枠を共有していた。両党からの非難声明をバランスよく織り交ぜながら、トランプ支持者の行動を批判的に描写している。

Fox News (2021/01/08) How Wednesday’s Capitol riot came to fruition and who is to blame
事件の経緯と責任の所在を報じた記事。乱入の混乱を伝えつつ、CNNやAPほど「大規模反乱」と強調せず、抗議者の一部の過激行動として文脈を含めた表現をとった。他メディアとの微妙なトーン差が初期の報道分断の萌芽として読める。

NPR (2021/01/11) Ex-Capitol Police Chief Says Requests For National Guard Denied 6 Times In Riots
前議事堂警察長官サンドがワシントン・ポスト紙に語った内容を報じた記事。事件前日から暴動発生後にかけて、州兵派遣要請が合計6回拒否または遅延されたことを伝える。下院警備長官アーヴィングが「見栄えの問題」を理由に事前要請を拒否し、暴動発生後も陸軍参謀部長が「好ましくない映像になる」として承認を推奨しなかったという経緯が記録されている。
Fox News (2021/02/15) House Republicans demand answers from Pelosi on security decisions leading up to Capitol riot
共和党議員4名がペロシに宛てた書簡を報じた記事。下院警備長官アーヴィングの要請拒否がペロシまたはその代理人の指示に基づくものかを問い、情報保存要請が党派的理由で拒否されたことも指摘した。セキュリティ体制への疑問が主流メディアの議題に上らなかった間、この問いが存在していたことを示す記録。

Committee on House Administration (2024/06/11) Nancy Pelosi Contradicts Her Own Narrative of January 6, HBO Footage Shows
HBOで放映されたペロシの娘アレクサンドラ撮影の映像をラウダーミルク委員会が取り寄せ公開した際の公式プレスリリース。避難中のペロシが「警備については私に責任がある」と認める場面が含まれており、J6委員会がこの映像を調査に活用せず、委員会解散時に証言記録と映像データの多くを削除していたことを指摘した。アジェンダ設定による「欠如」の具体的証拠。
Fox News / Tucker Carlson Tonight (2023/03/06) Tucker: This video tells a different story of Jan 6
フォックス・ニュースのタッカー・カールソンが、議会から独占的に提供されたJ6当日の未公開映像を放映した回。議事堂内を警備員に案内されながら平和的に見学する参加者の映像や、Qアノン・シャーマンと呼ばれた人物を警官が誘導する場面が含まれており、「暴動」として一色に塗られた主流メディアの報道との大きな乖離を示した。カールソンはこの放映直後にフォックス・ニュースを退社している。
CNN (2021/07/25) Meet the members of the House committee to investigate the January 6 insurrection
下院J6特別調査委員会の設置と委員構成を紹介した記事。委員会を「独立した真相究明の場」として好意的に位置づけ、共和党のボイコットを「党派的抵抗」と描写。「前提の支配」として委員会の正当性を疑わない報道姿勢が確立された初期の典型例。

AP (2021/06/30) House to probe Capitol riot — over Republican opposition
委員会設置法案の可決を、共和党の反対を背景に伝えた記事。CNNと同様に「1月6日暴動の徹底究明」として位置づけ、共和党の抵抗を問題として描写。委員会の構成や独立性への疑問は議題に上らず、設置そのものの正当性が前提として固定されていた。

Fox News (2021/06/30) Capitol riot: House creates committee to investigate Jan. 6
委員会設置を「民主党主導の党派的調査」として批判的に報じた記事。ペロシによる委員選定の恣意性を強調し、「政治的ショー」の懸念を前面に出した。他メディアとのトーン差が明確で、報道分断の初期段階を示す記録として重要。

CNN (2022/12/23) Key takeaways from the January 6 committee’s final report
845ページの最終報告書の要点を解説した記事。トランプが選挙結果を覆すための多角的工作を主導したと結論づけ、刑事起訴勧告を大きく報道。ハッチンソンらの証言を確定した事実として扱い、フレーミングの完成形を示す記事として位置づけられる。

AP (2022/07/22) What Jan. 6 probe revealed: Takeaways from summer hearings
2022年夏の公聴会シリーズの総括記事。トランプ側近らの証言から「計画的行動が暴動の原因」とまとめ、「トランプの虚偽主張が暴力を扇動した」というナラティブをCNNとほぼ共有した内容。事実ベースを装いながら解釈枠はすでに固定されていた。

Fox News (2022/12/22) House Jan 6 Committee releases final 814-page report, recommends Donald Trump be barred from running in 2024
最終報告書の発表を報じつつ、委員会の「党派的偏向」と伝聞中心の証言依存を批判した記事。トランプへの公職禁止勧告を「政治的ショー」と位置づけ、報告書の信頼性に疑問を呈した。CNNとAPが責任追及を前面に出すのに対し、フォックス・ニュースが異なる解釈枠を提示し始めた転換点。

Herman, E.S. & Chomsky, N. (1988) Manufacturing Consent: The Political Economy of the Mass Media
強制や検閲なしにマスメディアが権力者の利益に沿った報道を生み出す構造を解明した古典的著作。広告依存・メディア所有の集中・政府情報源への依存という三つの構造的要因が、いかにして「同意の製造」を可能にするかを体系的に論じる。本連載の理論的基盤。
Hyzen, A. & Van den Bulck, H. (2024) “Putin’s War of Choice”: U.S. Propaganda and the Russia–Ukraine Invasion, Journalism and Media, MDPI, Vol.5(1)
アジェンダ設定・フレーミング・悪魔化・前提の支配を中心に、ウクライナ侵攻報道における米国プロパガンダの作動を実証した学術論文。本連載の分析枠組みの主要出典。
https://www.mdpi.com/2673-5172/5/1/16
McCombs, M. E. & Shaw, D. L. (1972) “The Agenda-Setting Function of Mass Media,” Public Opinion Quarterly
アジェンダ設定理論の原論文。メディアが受け手に「何を考えるか」ではなく「何について考えるか」を決定する力を持つことを実証した。アジェンダ設定の理論的出典。
https://fbaum.unc.edu/teaching/articles/POQ-1972-McCOMBS-176-87.pdf
Entman, R. M. (1993) “Framing: Toward Clarification of a Fractured Paradigm,” Journal of Communication
フレーミング理論の定義的論文。フレームが「問題の定義・原因の特定・道徳的評価・解決策の提示」という四機能を通じて意味を構築するプロセスを解明した。フレーミングの理論的出典。
https://fbaum.unc.edu/teaching/articles/J-Communication-1993-Entman.pdf
Lee, A. M. & Lee, E. B. (1939) The Fine Art of Propaganda: A Study of Father Coughlin’s Speeches, Harcourt, Brace and Company
Institute for Propaganda Analysis(IPA、1937–1942)の7つのプロパガンダ手法を体系的に解説した著作。カード・スタッキング・悪魔化・バンドワゴンの理論的出典。



