イギリスとフランスが作った人工国家と大量破壊兵器の嘘
嘘をついて戦争を始めた者が、誰一人裁かれなかった。
これが21世紀最大の国際法ジョークだ。2003年3月、米国は「イラクは大量破壊兵器を保有している」と主張し、国連安保理の承認を得ないまま主権国家に侵攻した。後年、その主張はすべて虚偽と判明した。死者は数十万人。IS(イスラム国)という怪物が生まれた。中東は今も燃え続けている。
そして責任を取った者は、いない。
2003年3月20日、米国主導の「有志連合」がイラク侵攻を開始した。NATOは公式には参加しなかったが、英国をはじめとする多くのNATO加盟国が加わり、実質的にNATOの枠組みを活用した作戦だった。
「大量破壊兵器の除去」「テロ支援国家の打倒」「民主化の推進」―西側メディアが並べた美しい言葉の結末は、宗派内戦、ISの台頭、永続的な国家分裂だった。旧ユーゴスラビア、リビアと連なる国家解体の系譜に、イラクは最も血腥い一章を加えた。
サイクス・ピコ協定の遺産
イラクという国家の不安定さを理解するには、1916年まで遡る必要がある。第一次世界大戦中、英国とフランスは「サイクス・ピコ協定」を秘密裏に結び、オスマン帝国の領土を民族・宗教的現実を完全に無視して直線で切り分けた。目的は石油利権の確保だ。
そこに暮らす人々の歴史や帰属意識は、地図を引く側の関心事ではなかった。
その結果として生まれたイラクは、北部のクルド人、中部のスンニ派アラブ、南部のシーア派アラブという、互いに相容れない集団を一つの国境線に押し込んだ人工国家だ。この構造を統合するには強権的な中央権力が不可欠だった。サダム・フセイン政権は、バアス党の一党独裁によって、この矛盾を力で抑えていた。
1980年代のイラン・イラク戦争では西側―特に米国―がサダムを積極的に支援したが、1990年のクウェート侵攻で一転して敵視された。
2003年時点でイラクは、10年以上の国連制裁で経済が疲弊しながらも、国内の安定は辛うじて維持されていた。大量破壊兵器の保有については、1998年の国連査察団(UNSCOM)撤退以降証拠はなく、2002年の国連査察団(UNMOVIC)も「決定的な証拠はない」と結論づけていた。それでも米国は侵攻した。
嘘の情報と国連無視
2003年3月17日、ブッシュ大統領はサダムに「48時間以内に国外退去せよ」と最後通牒を発した。演説では「イラクは大量破壊兵器を保有し、テロリストを支援している」「明白な脅威」という言葉が繰り返された。英国の「ダウニング街メモ」(2002年7月)には、ブレア首相へのブリーフィングで「インテリジェンスを事実に合わせる」と記されていた。つまり、結論は先に決まっていた。証拠はその後付けだったのだ。
3月20日、侵攻開始。米英軍を中心に約30万人の兵力が投入され、わずか3週間でバグダッドが陥落。サダムは2003年12月に拘束され、2006年に絞首刑に処された。国連安保理は侵攻を承認せず、フランス・ロシア・中国が反対に回ったため、米国は「有志連合」の名目で国際法を踏み越えた。
後年、WMDは一切発見されなかった。WMDの「証拠」として国際社会に示されたパウエル国務長官の国連演説は、CIAの捏造情報に基づくものだったと本人が後に認めた。
CIAの嘘が、この戦争を正当化した。
グローバリストの国民国家解体と結果
South China Morning Postの2023年論説が指摘するように、イラク侵攻は西側の国際法二重基準の最たる例だ。ロシアのウクライナ侵攻を国際法違反として非難しながら、自らは国連承認なしに主権国家を侵略・占領し、指導者を処刑した。その違いは何か。勝者と敗者の違いだけだ。
侵攻の真の目的は石油利権の確保と中東の地政学的再編だった。サイクス・ピコ以来の人工国家構造を崩し、米国の影響下に置かれた「民主化」政府を樹立するはずだった。結果は計画の正反対だった。
宗派対立が爆発し、スンニ派地域でアルカイダ・イラク支部が台頭、それが後のISへと進化した。2003年から2011年の死者はイラク人を中心に10万人以上、総計では数十万人規模に上る。
ISの台頭、シーア派主導政府による抑圧、クルド人の自治拡大により、イラクは事実上分裂状態に陥った。石油は米企業が支配し、永続的な米軍駐留の口実が生まれた。無政府状態は難民危機とテロの輸出を生み、欧州と中東全体に不安定を広げた。西側が自ら育てた怪物が、西側の都市でテロを起こすようになるまで、それほど時間はかからなかった。
誰も裁かれない西欧指導者達
歴史上、これほど明白な嘘でこれほど大規模な戦争が始まり、これほど何も解決されなかった例は珍しい。
大量破壊兵器は存在しなかった。民主化は実現しなかった。石油は収奪され、国家は解体され、ISという怪物が生まれた。そして誰も裁かれなかった。
ブッシュは回顧録を書いた。ブレアは講演料を受け取った。イラクは今も燃えている。
NATOは公式に参加しなかったが、その加盟国が主導したこの作戦は、NATOが1999年以降に確立した「国家解体のテンプレート」の延長線上にある。そして最終章では、その帰結としてのウクライナ代理戦争と、NATOの存在そのものを揺さぶるトランプの「脱NATO」動きを検証する。
英国主導の代理戦争伝統と、冷戦の亡霊の終焉の予感を、次回は総括する。
参考文献
Encyclopedia Britannica (最終更新2024/02/05) Sykes-Picot Agreement
1916年の英仏秘密協定の解説。オスマン領土を民族無視で分割し、中東紛争の火種を作ったことを詳述。
https://www.britannica.com/event/Sykes-Picot-Agreement
South China Morning Post (2023/08/15) Everyone is a hypocrite when it comes to international law
西側諸国の国際法適用における二重基準を批判。コソボ・イラク・リビア介入を挙げ、ロシア非難との矛盾を指摘。
The White House (2003/03/17) President Bush Addresses the Nation
ブッシュ大統領のイラク最後通牒演説記録。WMD保有とテロ支援の虚偽主張を公的に示した一次資料。
The Sunday Times (2005/05/01) The Secret Downing Street Memo
2002年7月23日付の英国首相府極秘議事録。MI6長官が「ブッシュはWMDとテロの名目で軍事行動を正当化しようとしており、インテリジェンスは政策に合わせて加工されていた」と報告した原文記録。

The White House Archive (2003/02/05) Secretary of State Colin Powell Addresses the U.N. Security Council
パウエル国務長官のイラクWMD保有に関する国連安保理演説の公式記録。後にパウエル自身が「情報源は不正確で、一部は意図的に誤解を招くものだった」と認めた。

