オラクルとは、神託を意味する言葉だ。
古代ギリシャで神の言葉を伝えた預言者の名を、CIAはひとつのデータベース計画のコードネームに使った。
1977年、そのコードネームをそのまま社名にした会社が生まれた。
それが今、あなたの銀行口座、医療記録、移動履歴を管理するグローバルインフラになっている。
オラクルは今も語り続けている。ただし、語りかける相手は預言者や民ではなく、権力者だ。
CIAのプロジェクト
ラリー・エリソンが率いるオラクル社は、今日の世界で最も影響力のあるデータベース企業の一つだ。
その起源は、米国の諜報機関にある。
1970年代、エリソンは、同僚とともにCIA向けの関係データベース開発に携わった。このプロジェクトのコードネームが「オラクル」だった。1977年、エリソンは5万ドルのCIA契約を基に独立し、社名をそのままOracleとした。オラクル社自身が公式に「我々はUSガバメントから始まった」と表現する通り、設立の根幹に政府の需要があった。
その後、オラクルは急速に成長した。
2000年代に入ると、連邦政府最大のデータベース契約企業へと変貌を遂げる。政府機関の大量データを一元管理する技術が、軍や諜報機関から高く評価されたためだ。そして2026年現在も、オラクルは国防総省との最高機密レベルのクラウド契約を保有し続けている。民間企業でありながら、国家安全保障の核心インフラを支える立場を維持している。
エリソンの出自は興味深い。養父がロシア・クリミア出身のユダヤ系移民で、エリス島での改名を経てアメリカ社会に溶け込んだ家系だ。しかし彼の人生を形作ったのは、そうした出自よりも、データと権力の結びつきを早くから理解した現実主義だった。
神託を意味する「オラクル」という名は、古代では人々に未来を告げるものだった。
現代では、権力者が市民の過去と現在を完全に把握するための道具に変わった。データベースは中立の技術ではない。誰が使い、誰を対象にするかで、その性質は決まる。オラクル社はまさに、その現実を体現する企業として生まれたのだ。
エリソンのキャリアは、技術者というより戦略家に近い。
政府の巨大契約に依存しながらも、ビジネスをグローバルに拡大した。結果として、オラクルは単なるソフトウェア企業を超え、国家レベルの監視基盤を支える存在となった。CIAのプロジェクトは、今や世界中の政府と企業にデータ管理の標準を提供している企業になった。
この構造自体が、その原型の一つと見ることができる。
英国が実験場になった
オラクル社の影響力はアメリカ国内にとどまらない。英国がその実験場となった。
エリソンはトニー・ブレアが率いる研究所に1億3000万ドルもの巨額を資金提供した。この資本の連鎖が、英国の政策に大きな影を落とす。
2025年2月、ドバイで開催された世界政府サミットで、エリソンはブレア本人からインタビューを受けた。そこでエリソンは、英国の国民保健サービスが持つ膨大な人口データを「断片化されている」と指摘し、AI活用のために全てのデータを一元化すべきだと主張した。
この発言からわずか2週間後、ブレア研究所は「AI時代の統治:英国国立データライブラリーの構築」と題する報告書を公表した。そしてその直後、キア・スターマー政権がデジタルIDの推進を公式に発表した。この極めて短い時間軸での連鎖は、偶然の一致とは言い切れない。
オラクル社は英国政府と数百件規模の契約を結び、2022年以降の公共セクター収益だけで11億ポンドを超えている。
一方で、英国では言論の自由をめぐる状況が深刻化している。
2023年、通信法などに基づくオンライン上の「不適切な発言」に関する逮捕が1万2183件に達した。これは1日あたり30件以上というペースだ。
警察はこうした言論関連捜査に66万6000時間もの人員と時間を投入したが、全体の犯罪解決率は90%を下回ったままだ。深刻な犯罪の捜査が後回しにされ、SNS上の投稿を追うという優先順位の歪みが、市民生活に現実的な影響を及ぼしている。
市民の抵抗も起きた。デジタルID強制化に反対する請願には290万人以上の署名が集まり、労働党議員40人以上が反対を表明した。結果として、強制的なID制度は一時撤回に追い込まれた。「Big Brother Watch」などの団体は、これを「非英国的」と厳しく批判した。
英国は監視技術の実験場として機能した。
エリソンとブレアの連携は、データ統合という名の下に市民の行動を可視化し、管理しようとする試みだ。
言葉を変えれば、プライバシーを「効率」の名で削り取るモデルである。警察が言論を追い、犯罪組織摘発が疎かになるという矛盾は、監視社会の本質的な問題を浮き彫りにしている。
エリソンの資金がブレア研究所を通じ、英国政権の政策に影響を与えた構造は明らかだ。資本、思想、政策実行が三位一体となったこの実験は、単なる英国の問題ではない。他の国々への前例となる可能性を秘めている。
グローバル監視インフラの設計図
エリソンとブレアの連携は、英国だけの話ではない。彼らが描く監視社会の設計図は、はるかに大規模でグローバルなものだ。
2001年9月11日の同時多発テロ直後、エリソンは早くも動き出した。
サンフランシスコのテレビインタビューで「国家IDカードが必要だ」と主張し、写真と指紋をデジタル化して埋め込んだIDを提唱した。さらに虹彩スキャンや指紋認証を組み合わせ、すべての政府機関のデータを単一の国家安全保障データベースに統合すべきだと訴えた。オラクル社はこのシステム構築に必要なソフトウェアを無償で提供するとまで申し出た。
テロ対策という大義名分のもと、市民の個人情報を一元管理する構想が、ここで明確に姿を現した。
2013年、エドワード・スノーデンがNSAの大規模監視プログラムを暴露した際、エリソンの反応は明確だった。
「NSAの活動は不可欠だ」と擁護し、「政府が情報を悪用したという話を誰が聞いたことがあるのか?」
と開き直った発言を残した。プライバシーの侵害ではなく、国家安全保障の必要性を優先する姿勢を、はっきりと示したのだ。
そして2024年9月、オラクルの財務アナリスト向け会合で、エリソンは核心を語った。
「警察官は常時監督され、問題があればAIが報告する。市民も最善の行動をとるだろう。なぜなら我々は起きていることすべてを常に記録し、報告しているからだ」。
この発言は、監視社会の本質を端的に表している。単にデータを集めるだけでなく、監視されているという「意識」自体が人々の行動を制御する仕組みだ。
ここで思い浮かぶのは、18世紀のイギリス思想家ジェレミー・ベンサムが考案した「パノプティコン」だ。円形監獄の中央に監視塔を置き、囚人が常に見られている可能性を意識させることで、自発的な服従を生み出す設計である。
エリソンの言う「常に記録されている」という状態は、まさに現代版パノプティコンだ。監視カメラ、ボディカメラ、車両カメラ、銀行取引、医療記録、移動履歴、これらすべてをAIが統合的に解析する世界。物理的な壁はなくとも、市民は見えない視線に囲まれる。
この設計図の中心に、エリソン・ブレア研究所・スターマー政権という三角形構造が浮かび上がる。エリソンが資金を提供し、ブレア研究所が政策提言を行い、スターマー政権が実行に移す。データの一元化、デジタルID、AI監視、これらが連動して一つのシステムを形成していく。
この構造の背後には、シティ・オブ・ロンドンを中心とする国際金融ネットワークとの親和性がある。民主的な統制の外側に置かれた金融特区として独自の自治権を持つシティは、データと監視の統合を「効率化」として推進する思想と、構造的に共鳴する。エリソンが構想するグローバル監視インフラは、国家主権を越えた情報支配の延長線上にある。
ただし、この技術がどこまで許されるかという議論が、アメリカ国内で新たに勃発している。
エリソンはトランプ政権とも部分的に協力関係にある。
OpenAIやソフトバンクとともに進める「Stargateプロジェクト」は、国家規模の巨大AIインフラ構築計画だ。オラクルはこのプロジェクトに深く関与しており、国家安全保障や経済競争力の観点からAI技術の活用を進める点では一致している。
しかし、協力の範囲には明確な境界がある。エリソンとブレアが目指すような、市民の日常的な行動すべてを常時記録・統合する包括的な監視社会に対しては、トランプ政権は異なる立場を取っている。この緊張関係が、今後の監視技術の方向性を左右することになる。
技術そのものは政権を超えて広がりやすいが、その利用範囲とコントロール主体をめぐっては、明確な対立が生じている。911から四半世紀を経て、エリソンの構想は着実に現実のインフラへと姿を変えつつある一方で、アメリカ国内ではその境界線を引く動きも同時に起きている。
アメリカン・システムの抵抗
こうした包括的な監視社会の構想に対し、アメリカ国内では明確な境界線を引く動きが生まれている。
2025年1月23日、トランプ大統領は中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発・発行を全面的に禁止する大統領令に署名した。
この決定は、監視技術の利用範囲をめぐる重要な線引きと言える。トランプ政権は、CBDCが金融システムの安定を損ない、個人プライバシーを脅かし、ひいては米国主権そのものを危険にさらす可能性を指摘した。政府が市民のすべての金融取引をリアルタイムで追跡できる仕組みは、行き過ぎた監視の延長線上にあると位置づけたのである。
この大統領令をさらに強固なものとする動きも進んでいる。
トム・エマー下院議員らが主導する「反CBDC監視国家法」は、CBDCの永久禁止を法制化しようとする法案だ。議会での議論では、CBDCを「独裁者の道具」と表現する声も上がった。
バイデン政権時代に進められていた連邦レベルのデジタルIDインフラについても、2025年6月6日に廃止が決定された。不法移民対策の名目で推進されていたこの仕組みは、トランプ政権によって「不要な監視拡大」として切り捨てられた。
これらの動きは、単なる政策の変更を超えた対立構造を映し出している。
英国でエリソンとブレアがが進めてきた監視・データ統合の実験の背後に、シティ・オブ・ロンドンの強い影響力がある。これに対し、トランプ政権では、アメリカン・システムを推進している。個人の自由と国家主権を優先し、過度な中央集権的な監視を拒む考え方だ。
ラリー・エリソンが資金を提供し、トニー・ブレアが思想を支える枠組みは、前者の側に近い。英国での実験が示すように、データ統合は「効率」という名で進むが、その先には市民の行動が予測・制御される社会が待っている。トランプ政権の選択は、後者の論理を体現していると言える。技術の進歩を否定するのではなく、その使い方を問い直す姿勢だ。
もちろん、現実には完全な分断ではない。
オラクル社はStargateプロジェクトを通じてトランプ政権とも協力関係にある。監視技術の誘惑は、政権の違いを超えて存在する。しかし、CBDC禁止やデジタルID廃止という決断は、少なくとも一つの明確な境界線を引いたことになる。
オラクルという言葉は、元来、神託を意味した。古代では人々の未来を照らす存在だった。しかし今、それが権力者の手に委ねられるとき、神託は誰のために語られるのだろうか。市民の自由を守るためか、それとも権力の拡大を支えるためか。
この疑問に対する答えは、まだ決着していない。英国での実験が示す監視の進行と、アメリカで見られる抵抗の動きは、同じ技術が異なる未来を生みうることを教えてくれる。
オラクルが目指す社会がどのようなものになるかは、最終的に誰がその「神託」をコントロールするかにかかっている。
参考文献
Gizmodo (2014/09/19) Larry Ellison’s Oracle Started As a CIA Project
Oracle社名がCIAプロジェクトのコードネームに直接由来することを記述。同記事は『OracleはUSガバメントから始まった』という趣旨の公式的な位置づけを含み、公式企業史がこの事実を省略してきたことへの批判的分析。
https://gizmodo.com/larry-ellisons-oracle-started-as-a-cia-project-1636592238
Encyclopedia.com Ellison, Larry
アンペックス社時代にマイナー・オーツとともにCIA向けデータベースを開発した事実と、1977年のOracle設立経緯を記述。第1章でエリソンの出自と会社設立の背景を補強。
Lighthouse Reports (2025) Blair and the Billionaire
エリソンによるトニー・ブレア研究所へのの資金提供を記録した調査報道。英国政府とのOracle契約が「数百件規模」に及び、2022年以降の公共セクター収益が11億ポンドを超えることを調達分析データ。

UK Parliament Hansard (2025/07/17) Online Communication Offence Arrests
英国における通信法に基づくオンライン言論関連逮捕が1万2183件(1日30件以上)、警察投入時間66万6000時間に及んだことを公式記録。第2章で英国の実態と優先順位の歪みを具体的に示す議会資料。
Wikipedia UK Digital ID
英国のデジタルID推進に対する290万人署名、労働党議員40人以上の反対、Big Brother Watchの批判、強制撤回の経緯を記録。第2章で市民抵抗の動きを説明する際に使用。
Fortune (2024/09/17) Larry Ellison predicts rise of the modern surveillance state where ‘citizens will be on their best behavior’
2024年9月のエリソン発言「市民は最善の行動をとるだろう。我々は起きていることすべてを常に記録し、報告しているからだ」を直接報じた一次資料。第3章でエリソンの監視思想の核心を裏付ける。

The Register (2013/08/13) Larry Ellison: Google is ABSOLUTELY EVIL, but NSA is ESSENTIAL
スノーデン暴露後にエリソンがNSA監視プログラムを「不可欠」と擁護した発言を記録。第3章でエリソンの一貫した監視推進姿勢を示す。https://www.theregister.com/on-prem/2013/08/13/larry-ellison-google-is-absolutely-evil-but-nsa-is-essential/1215697
David Icke (2025/01/24) Larry Ellison Of Oracle Pushed ID Cards As Far Back As 9/11 (2001年記事再掲)
9・11直後にエリソンが国家IDカード、虹彩スキャン、単一国家安全保障データベースを提唱した当時の一次資料。第3章でグローバル監視インフラ設計図の歴史的起源。

White House (2025/01/23) Executive Order 14178 – Strengthening American Leadership in Digital Financial Technology
トランプ大統領がCBDCの開発・発行を全面禁止した公式大統領令と、その論拠(金融安定・プライバシー・主権)を記載。第4章でアメリカン・システムの抵抗を具体的に示す。

Tony Blair Institute for Global Change (2026/05/26) The Labour Party Is Playing With Fire Over Its Future and the Future of the Country
トニー・ブレアが発表した5700語のマニフェスト。ラディカル・センター提唱やAI・データ政策の方向性を示す。第2章・第3章でブレアの思想的立場と全体の文脈を補強。
https://institute.global/insights/politics-and-governance/the-labour-party-is-playing-with-fire-over-its-future-and-the-future-of-the-country



