話は簡単だ、労働者ひとりの稼ぎで家族を養い、子どもを大学まで送り出せる国。
そんな当たり前の豊かさが、なぜこれほど遠くなったのか。日本人なら誰もが感じているはずだ。
トランプ政権が今、復活させようとしているのは、その「当たり前」を取り戻すための経済思想だ。
名前を「アメリカン・システム」という。日本のメディアではほとんど見かけない言葉だが、米国の建国以来200年以上にわたる経済哲学の核心であり、ブリティッシュ・システムとの根本的な対立軸でもある。
ハミルトンが描いた国の設計図
1791年12月5日、米国初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンは議会に一本の報告書を提出した。『製造業に関する報告書』、これがアメリカン・システムの原点である。
ハミルトンの問いは単純だった。
英国という圧倒的な工業大国と自由貿易をすれば、米国はどうなるか。
答えも単純だ。
原料を輸出し、完成品を買わされる植民地経済に固定される。
それを防ぐには、国家が積極的に製造業を育てるしかない。保護関税で国内産業を守り、国家銀行で資金を供給し、運河や道路などのインフラで国内市場を統合する。これがアメリカン・システムの三本柱だ。
ケンタッキー州選出の上院議員ヘンリー・クレイはこの思想を引き継ぎ、1820年代に「アメリカン・システム」と命名して全国的な政策として推進した。エイブラハム・リンカーン、そして経済学者ヘンリー・ケアリーへと受け継がれ、米国は19世紀後半に世界最大の工業国へと成長した。
1860年から1910年の50年間で、米国の工業生産は1030%増加した。
一方のブリティッシュ・システムが目指す国の形は、まるで異なる。アダム・スミス、デヴィッド・リカード、ジョン・スチュアート・ミルの古典派自由主義が説く「比較優位」と「政府不介入」、これは工業大国が優位を確立した後に振りかざす旗だ。
国家が産業を育てるのではなく、市場に任せる。その結果、強い国がさらに強くなり、弱い国は原料供給地に留まる。
ケアリーはこれを「帝国主義的搾取の道具」と呼んだ。クレイは英国の自由貿易を「英国植民地システム」と攻撃した。リンカーンは英国の低賃金産物が米国産業を破壊すると主張した。アメリカン・システムとブリティッシュ・システムは、経済学の対立ではなく、国家の設計思想の対立だったのだ。
この思想は東アジアにも波及した。孫文はハミルトンの報告書を深く研究し、1922年の『中国の工業発展』で国家主導の大規模産業開発を提唱した。鉄道、港湾、鉱業、農業近代化—英国式自由貿易を帝国主義的搾取の道具として明確に拒絶し、アメリカン・システムを中国近代化の基盤として採用したのだ。
この思想が世界に広がるほど、それを潰そうとする力も強くなっていった。
非業の死を遂げた大統領たち
歴史には、不思議な一致がある。
アメリカン・システムを真剣に推進しようとした指導者が、繰り返し「非業の死」を遂げてきたのだ。
リンカーンは南北戦争を経てアメリカン・システムを貫き、英国系自由貿易派の南部プランター階級を打ち負かした。その直後に暗殺された。
ウィリアム・マッキンリーは高関税政策の象徴であり、ハミルトンとクレイの後継者として自らを位置づけていた。1901年、大統領2期目の就任直後に暗殺された。後継のセオドア・ルーズベルトは独占資本との闘いを継続したが、その路線は徐々に変容させられた。
そしてジョン・F・ケネディ。
米国通商代表部のジェイミソン・グリア代表が2026年1月にダボスで行った演説では、アメリカン・システムの歴史が詳細に論じられた。グリアは、戦後秩序のなかでハミルトンの思想が「忘れられていった」経緯を指摘した、その転換が起きたのが、まさにケネディ暗殺の直後であることは、改めて注目に値する。
RFKジュニアはCPACの演説で「トランプはJFKが成し遂げようとしていたことを完成させようとしている」と明言した。連邦準備制度への介入、軍産複合体との対立、そして不必要な戦争の終結—JFKが着手し、中断させられた仕事の続きだと、彼は言う。
偶然と片づけるのは自由だ。しかし、アメリカン・システムを本気で進めた指導者がこれほど一致して排除されてきたという事実は、この思想が「どこか」にとって、どれほど脅威であるかを雄弁に物語っている。
トランプ政権によるアメリカン・システム復活
「グローバリゼーションは失敗した。」
2026年1月のダボス会議で、ハワード・ラトニック商務長官はエリート層の前でそう断言した。
安価な労働力を求めて産業を海外移転させるモデルが、米国の産業基盤を空洞化させ、労働者を裏切ってきた—交渉ではなく、現実を突きつける発言だった。
ピーター・ナバロは2026年3月のサブスタック論考で、トランプの貿易政策を「ハミルトン、マッキンリー、クレイの精神における革命」と位置づけた。自由貿易の名のもとで行われてきた不公正な貿易から米国の製造業を保護し、国内の経済主権を取り戻す、これは政策の調整ではなく、思想的な転換だと彼は言う。
グリア演説の内容はさらに具体的だ。ニュージャージー州パターソンという小さな都市の変遷を通じて、ハミルトンが設計した製造業エコシステムが繁栄し、そして「忘れられた自由貿易実験」によって貧困都市へと転落した歴史を詳述した。 グリアの結論は明快だ、「ハミルトン以来の歴史的・現実的な通商政策アプローチを、トランプ大統領は大きな効果をもって復活させた。」
1977年、外交問題評議会が後援した研究書『Alternatives to Monetary Disorder』には、世界経済における「制御された崩壊」が1980年代の「正当な目標」として記述されていた。書中ではアレクサンダー・ハミルトンのアメリカン・システムを名指しで引用し、原材料輸出国への転落を拒む経済ナショナリズムを「解体対象」として認識していた。マルコ・ルビオ国務長官が指摘した米国の脱工業化は、市場の失敗ではなく「意識的な政策」の結果だったとすれば、トランプ政権の怒りが、どこに向けられているのかが見えてくる。
イランとシティ・オブ・ロンドン:本当の標的
ここで、一見無関係に見えるイラン政策が重要な意味を持ってくる。
過去の記事で論じてきたように、イラン政権はシティ・オブ・ロンドンの金融ネットワークから切り離された「抵抗勢力」などではない。ホルムズ海峡を不安定化させ、保険料を吊り上げ、石油マネーをオフショア経由で循環させる、その「管理された窓割り役」として、長年機能してきた装置だ。
RFKジュニアが言及した、英国・NATOを介さないイラン周辺国(パキスタン、サウジアラビア、トルコ、エジプト)との直接外交も、この文脈で読めば意味が変わる。シティが築いてきた多国間金融・外交の仲介構造そのものをバイパスする動きだ。
アメリカン・システムの復活とイラン政策は、一本の線でつながっている。国内製造業の再建と、それを可能にするエネルギー主権と決済主権の奪還、その両面作戦が、トランプ政権が進めていることの本質だ。イランという「道具」ごと、古い帝国の回路を解体する。それが、この政策の真の射程である。
「自国ファースト」は世界へのメッセージだ
2017年、ベトナムでのASEAN首脳会議でトランプはこう語った。世界を「独立した主権国家が織りなす美しい星座」として、超国家的な官僚機構ではなく、自立した国家間のパートナーシップを重視するビジョンを掲げた。
これは単なる「アメリカ・ファースト」の宣言ではない。「各国が自国の産業を守り、自国の労働者を守り、自国の資源を主権のもとに管理する」、そのような世界秩序への招待状だ。
ハミルトンのアメリカン・システムはかつて、ドイツのビスマルク、カナダ、オーストラリア、そして孫文の中国に採用された。保護主義は弱者の戦略ではない。国家が自立するための、最初の一歩なのだ。
ブリティッシュ・システムが世界に広めたのは「自由」という名の従属だった。アメリカン・システムが世界に示すのは、国家が自らの足で立つための設計図だ。
トランプの「アメリカ・ファースト」は、荒々しく見える。しかしその背後にある問いは、実はすべての国に向けられている。
「あなたの国は、誰のために動いているのか?」
参考文献
American System (economic plan) Wikipedia (参照2026年)
アレクサンダー・ハミルトンが1791年に提唱し、ヘンリー・クレイが命名した米国の国家主導型経済政策の概要を解説する百科事典項目。保護関税、国家銀行、インフラ整備の三本柱と、英国自由貿易主義との対立軸を整理している。リンカーンやケアリーへの継承と、米国工業化への貢献が記述されている。
Association for Asian Studies (2023/07/24) American Influences on Sun Yat-sen
孫文の思想形成における米国の影響を専門的に論じた学術記事。ハワイ留学期のリンカーン・ハミルトンへの傾倒から、アメリカン・システムの採用、英国帝国主義への対抗姿勢までを詳述している。孫文とアメリカン・システムの関連を論じる際の信頼性の高い二次資料。

USTR (2026/01/20) From Hamilton to Today: Trade and U.S. Economic Strategy
米国通商代表ジェイミソン・グリアがダボスで行った演説全文。ハミルトンの製造業報告書からリンカーン、ルーズベルト、そして戦後の「自由貿易実験」による空洞化までを詳述し、アメリカン・システムがトランプ政権の通商戦略の歴史的根拠であることを宣言した一次資料。ニュージャージー州パターソンの興亡を具体例に使い説得力がある。
Peter Navarro Substack (2026/03/27) President Trump’s Trade Revolution: In the Spirit of Hamilton, McKinley, and Clay
ピーター・ナバロによる、トランプ政権の貿易政策をアメリカン・システムの復活として位置づけた論考。ハミルトン、クレイ、マッキンリーの系譜を明示的に論じ、WTO主導の自由貿易秩序からの決別を「革命」と表現している。政権内部の理論的根拠を示す重要文献。

YouTube (2026/01/21) Howard Lutnick at Davos – “Globalization has failed”
ハワード・ラトニック商務長官がダボス会議でグローバリゼーションの失敗を断言した映像。産業移転モデルによる労働者の裏切りを指摘し、国境保護と製造業回帰を「アメリカ・ファースト」モデルとして提唱。エリート層を前に「現実を突きつけた」発言として注目を集めた。
YouTube / Promethean Updates (2026/03/30) CONFIRMED: RFK Jr. Says Trump Is Finishing What JFK Started
RFKジュニアがCPACで行った演説を軸に、トランプ政権とJFKの政治的継承関係を分析した動画。アメリカン・システム復活、FRB改革、イラン周辺国との直接外交など、帝国主義的国際秩序からの決別を複数の角度から論じている。
Hirsch, Fred et al. / Council on Foreign Relations後援 (1977) Alternatives to Monetary Disorder
世界経済における「制御された崩壊(controlled disintegration)」を1980年代の政策目標として掲げたCFR後援の研究書。ハミルトンのアメリカン・システムを解体対象として明示的に論じており、戦後の脱工業化が意図的な政策であったことを示唆する文献として引用される。
YouTube (2017/11/10) Donald Trump’s ASEAN/Vietnam Speech
ベトナムASEAN首脳会議でのトランプ演説。世界を「独立した主権国家の星座」と表現し、超国家的官僚機構ではなく自立した国家間パートナーシップを重視するビジョンを提示。「トランプ2.0」の主権回復路線の思想的原点として引用できる。




